聞くのと、作るのは違う
数日後。
ベルクさんと一緒に、ミラの店へやってきた。
今日はパンを買いに来たわけじゃない。
白いソースの作り方を、ベルクさんに教える日だ。
「本当にベルクさんが作るの?」
厨房で待っていたミラが、少し面白そうに聞いた。
「俺が覚えないと、人に教えられないからな」
「似合わないね」
「レインにも言われたよ」
「だって似合わないし」
「お前ら仲いいな」
俺は笑いながら、用意してもらった材料を見る。
今日はミラの父親にも話を通してある。店の仕事を邪魔しない時間に、厨房の一部を借りることになった。
「じゃあ、まず俺たちが作るところを見てもらいます」
「頼む」
「ちゃんと見ててくださいね」
「金払うんだから真面目に見るよ」
「まだ払ってないけど」
「終わったら払うって言っただろ」
忘れてはいないらしい。
◇ ◇ ◇
まずは俺とミラで一度作ってみせる。
材料そのものは珍しくない。
大事なのは、どう合わせるかだ。
「最初のころ、全然うまくいかなかったんですよ」
「これだけ見ると簡単そうだけどな」
「私たちもそう思ってたよ」
ミラが笑う。
実際、知識だけなら俺も前世から持っていた。
でも「こういう材料を混ぜればできる」くらいの記憶しかなくて、最初からうまく作れたわけじゃない。
何度も失敗して、少しずつ今のやり方になった。
「こんな感じです」
「もう終わりか?」
「見るだけなら早いんですよ」
出来上がった白いソースを、ベルクさんが少し味見する。
「うん。店で食ったのと同じだな」
「じゃあ次、ベルクさん」
「おう」
場所を交代する。
「覚えました?」
「大体な」
「大体で作れるかな」
「お前がそれ言うなよ」
確かに。
俺も最初は大体しか覚えてなかった。
◇ ◇ ◇
「……これでいいか?」
「ちょっと待って」
途中でミラが止めた。
「何だ?」
「一気にやりすぎ」
「駄目なのか?」
「たぶん、そのままだとうまくいかないよ」
「先に言えよ」
「自分で作るんでしょ?」
ミラが楽しそうだ。
ベルクさんは少し嫌そうな顔をしながらも続けた。
しばらくして。
「……なんか違わないか?」
「違いますね」
「違うね」
俺とミラの意見が一致した。
見本より明らかにまとまりが悪い。
「材料は同じだろ?」
「同じです」
「量も?」
「大体は」
「じゃあなんでだよ」
「それを今覚えてるんですよ」
「面倒な食い物だな」
ベルクさんがため息をつく。
でも、俺には少し懐かしかった。
最初は俺たちもこんな感じだった。
「もう一回やります?」
「やる」
「お、やる気ですね」
「300リル払うんだぞ。覚えずに帰れるか」
そこはさすが商人だった。
◇ ◇ ◇
二回目。
今度は俺とミラが横から細かく確認する。
「そこは急がなくて大丈夫」
「もう少しずつ」
「これくらいか?」
「そうそう」
「最初から全部言えよ」
「一回失敗したほうが覚えますよ」
「誰に教わったんだ、その考え方」
「今思いつきました」
「適当じゃねえか」
文句を言いながらも、ベルクさんは手を止めない。
さっきより時間はかかったけど、今度は見覚えのある状態になってきた。
「お」
「できてきた」
最後に味を確認する。
ベルクさんも自分で少し取って口にした。
「……さっきより全然いいな」
「これなら大丈夫そう」
ミラも頷いた。
「もう一人で作れます?」
「たぶんな」
「俺の前で、その言葉使います?」
「便利だろ?」
「否定できない」
ただ、ベルクさんなら何度か作れば覚えるだろう。
材料も特別なものじゃない。
問題は、この作り方を別の町で誰に売るかだ。
そこから先はベルクさんの仕事になる。
◇ ◇ ◇
「よし」
厨房を片づけたあと、ベルクさんが小さな袋を取り出した。
「約束の分だ」
「おお……」
受け取る。
ずしりと重い。
「300リル。確認するか?」
「します」
「即答かよ」
「金ですから」
ちゃんと確認する。
間違いない。
300リル。
「これで白いソースの作り方は教えた」
「はい」
「リーネじゃ今まで通り、お前たちが使う。俺は町の外で扱う」
「それでお願いします」
「向こうでどうなるかは、まだ分からんぞ」
「売れたら教えてください」
「売れなくても教えてやるよ」
「それは聞きたくないなあ」
「都合のいい奴だな」
ベルクさんが笑った。
俺はもう一度、手の中の袋を見る。
材料を売ったわけじゃない。
完成した商品を渡したわけでもない。
自分が知っていることを教えた。
それだけで、300リル。
もちろん、ここまで作れるようになるまで何度も失敗している。
ミラたちにも協力してもらった。
だから本当に「何もないところから300リル」ではない。
それでも、今までとは全然違う稼ぎ方だった。
「レイン」
「何?」
ミラがこっちを見る。
「そのお金、すぐ使わないでよ?」
「……」
「なんで黙るの?」
「まだ何も言ってないじゃん」
「今考えたでしょ」
「考えてない」
嘘だ。
300リルあったら何が買えるか、一瞬だけ考えた。
でも。
今回はちゃんと分かっている。
「貯金するよ」
「本当に?」
「本当に」
少なくとも今日は。
たぶん。




