じゃあ、値段を決めよう
翌日、俺はベルクさんを探した。
聞いていた宿へ行くと、ちょうど馬車の荷物を確認しているところだった。声をかけると、ベルクさんは手を止めてこっちを見る。
「話まとまったか?」
「はい。ミラたちにも確認しました」
「どうだった?」
「リーネでは今まで通り使えるなら、町の外でベルクさんが扱うのは問題ないって」
「なら、そこは決まりだな」
まず一つ。
残るのは、一番大事なところだ。
「それで、値段なんですけど」
「おう」
「……500リル」
言った。
ベルクさんの顔を見る。
反応がない。
「高い?」
「お前が決めたのか?」
「はい」
「ハンスじゃなく?」
「相談はしました。でも金額は教えてくれませんでした」
「あいつらしいな」
ベルクさんが笑う。
それから腕を組み、少し考えた。
「500か」
「町の外なら、何軒に教えてもいいです。その店で作って売ってもらって、ベルクさんがそのたびに金を取っても、俺は追加でもらいません」
「分かってる」
「だったら――」
「ただし」
ベルクさんが俺の言葉を止めた。
「まだ他の町で売れるとは決まってない」
「それは……そうですね」
「リーネでは売れてる。俺も食ってうまいと思った。だが、町が変われば好みも値段も違う」
エルダへ行って、それは俺も見てきた。
リーネで普通の物が、向こうでは高かったり安かったりする。
白いソースだって同じだ。
「それに、作り方を聞くだけじゃ足りない」
「というと?」
「俺が誰かに教えられるところまで教えてもらわないと困る」
「ああ……」
確かに。
材料の名前だけ聞いて終わりではない。
混ぜ方もあるし、うまく作れないときのこともある。俺たちだって何度も失敗した。
「それは教えます」
「実際に作るところも見せてもらうぞ」
「はい」
「俺にも一回作らせろ」
「ベルクさんが?」
「人に教えるんだから当然だろ」
パン屋になるわけじゃないけど、作れないまま説明するのは無理か。
「分かりました」
「あと、最初に教えた先でうまく作れなかったら?」
「……俺、そこまで行くんですか?」
「それじゃ意味がないだろ」
「ですよね」
ベルクさんが笑う。
「俺が覚える。そこまではお前の仕事だ」
「それなら」
材料を用意して、一緒に作る。
ベルクさんが自分で作れるようになるまで教える。
そこまで込み。
「それでも500です」
「下げないか」
「だってベルクさん、うまくいったら何回でも売れるじゃないですか」
「失敗したら500丸損だぞ」
「俺は一回もらったら、それ以降もらわないですよ」
「強くなったな」
「昨日ずっと考えましたから」
本当は今も高いのか安いのか分からない。
でも、自分なりに決めた金額だ。
◇ ◇ ◇
「200」
ベルクさんが言った。
「え?」
「200リルなら買う」
「半分以下じゃないですか!」
「交渉なんだから当たり前だろ」
「それにしても下げすぎでしょ」
「こっちは売れるかどうかも分からない物に先に金を出すんだぞ」
「でも売れたら何回でも使える」
「売れたらな」
「じゃあ400」
「250」
「全然上がってないじゃん」
「50上がったぞ」
「こっちは100下げたんですけど」
「それはお前の都合だ」
くそ。
こういうときのベルクさんは強い。
「350」
「250」
「なんで止まったんですか」
「俺は250でいいと思ってるからな」
「じゃあ俺も350から動きません」
「話終わるぞ?」
「……それは困る」
「素直だな」
ベルクさんが笑う。
俺は少し考えた。
「300」
「……」
「これなら?」
ベルクさんが黙る。
さっきまでと違って、今度はすぐに返事が来なかった。
「作り方だけじゃなくて、ベルクさんが自分で作れるようになるまで教えます。リーネの外なら何軒に教えてもいい。俺への追加の支払いもなし」
「300か」
「これより下なら、今回は売りません」
言ってから、少しだけ緊張した。
本当に断られたら困る。
でも、ここまで下げてさらに譲ったら、自分で値段を決めた意味がない気がした。
ベルクさんはしばらく俺を見たあと、息を吐いた。
「分かった。300だ」
「よし」
「嬉しそうだな」
「そりゃ嬉しいですよ」
ベルクさんが手を出した。
俺もその手を握る。
「ただし、リーネでは今まで通りですからね」
「ああ」
「ベルクさんが教えた相手も、勝手に他の人へ作り方を売るのはなし」
「それも伝える」
「あと――」
「まだあるのか?」
「念のためです」
「十三歳のくせに細かいな」
「金が絡んでるので」
「それは知ってる」
◇ ◇ ◇
話が決まったあと、ベルクさんと白いソースを教える日を決めた。
ミラたちにも場所と材料の相談をしないといけない。いきなりパン屋へベルクさんを連れていって、厨房を貸してくれでは困るだろう。
「金は教わった日に渡す」
「先じゃないんですか?」
「まだ俺、何も教わってないだろ」
「確かに」
「逃げないから安心しろ」
「疑ってませんよ」
「一瞬残念そうな顔したぞ」
「してません」
300リル。
まだ手元にはない。
でも、話は決まった。
石鹸を作ったときは、一個ずつ売った。
鞄では、作る人と売る人を分けた。
今度は、物すら渡さない。
知っていることを教えるだけで金になる。
「……300リルか」
思わず口に出す。
「まだ払ってないぞ」
「分かってますって」
それでも、少し嬉しかった。
作り方にも値段がついた。
俺にとっては、初めての商売だった。




