名前をつけるの、難しくない?
名前。
商品には名前が必要だ。
たぶん。
「…………」
俺は机の上の石鹸を見つめていた。
四角い。
前より形も綺麗。
ちゃんと商品っぽくなった。
でも。
名前がない。
「アルト石鹸」
違う。
「レイン石鹸」
もっと違う。
「よく落ちる石鹸」
洗剤の通販みたいだ。
「汚れ落とし君」
最悪。
「…………」
俺。
こんなに名前つけるの下手だった?
前世で何かに名前をつける機会なんて。
ほとんどなかった。
ゲームの主人公くらい。
しかも大体。
名前を考えるのが面倒になって。
いつも似たような名前を使っていた。
「商品名……」
かっこよすぎるのも嫌だ。
八歳の子供が突然。
横文字っぽい謎の名前を出してもおかしい。
そもそも。
この世界に英語はない。
「…………」
一人で考えるのやめよう。
◇ ◇ ◇
「母さん」
「なに?」
「これに名前つけて」
エレナが料理の手を止める。
「石鹸に?」
「うん」
「石鹸じゃ駄目なの?」
「商品名」
「しょうひんめい?」
「あー……」
そうか。
言葉自体が通じない可能性もある。
「例えば」
考える。
「父さんが椅子を作るじゃん」
「ええ」
「その椅子に名前をつけて売る感じ」
「椅子は椅子じゃない?」
「…………」
駄目だ。
例が悪かった。
「とにかく、これ専用の名前」
「どうして?」
「高く売れそうだから」
「…………」
エレナが俺を見る。
「正直ね」
「大事だから」
名前がある。
ただの石鹸じゃない。
何々という石鹸。
その方が。
なんとなく価値がある気がする。
前世の俺も。
そういう物に何度も金を払っていた。
「名前ねえ……」
エレナが石鹸を見る。
「白くないわね」
「うん」
「いい香りもしない」
「うん」
「形は綺麗になったわね」
「褒めるところ少なくない?」
「だって本当だもの」
厳しい。
「じゃあ……四角石鹸?」
「却下」
「早いわね」
「俺と同じくらいセンスないよ」
「失礼ね」
母。
脱落。
◇ ◇ ◇
「父さん」
「嫌な予感がする」
「まだ何も言ってないよ」
「最近のお前は工房に来るたび何か頼む」
否定できない。
「今日は物じゃない」
「金か?」
「違う」
「じゃあなんだ?」
「名前」
「名前?」
石鹸を見せる。
「これの商品名考えて」
「母さんに聞け」
「駄目だった」
「何て言った?」
「四角石鹸」
「いいじゃねえか」
「夫婦だなあ!」
同じセンスしてる。
「じゃあ父さんなら?」
ガルドが腕を組む。
石鹸を見る。
考える。
「…………」
少し期待する。
「ガルド印」
「絶対嫌だ」
「なんでだよ!」
「父さん何も作ってないじゃん!」
「型作ったぞ!」
「そこ!?」
危ない。
この家族に任せていたら。
ガルド印の四角石鹸になる。
「もういい」
「じゃあ聞くなよ」
父。
脱落。
◇ ◇ ◇
翌日。
俺は石鹸を一個持って。
ミラのパン屋へ向かった。
「というわけで」
「どういうわけ?」
「名前を考えてほしい」
ミラが石鹸を見る。
「名前?」
「そう」
「石鹸じゃないの?」
「母さんと同じこと言わないで」
俺は説明した。
これから石鹸をもっと売りたいこと。
形も揃えたこと。
ただの石鹸ではなく。
名前のついた商品として売りたいこと。
「へえ」
ミラが少し感心したように石鹸を見る。
「確かに、前より綺麗ね」
「でしょ?」
「でも色は地味」
「それも母さんに言われた」
「匂いも普通」
「それも言われた」
「じゃあ何がいいの?」
「洗いやすい」
「そこは変わってないのね」
「あと」
考える。
「今のところ、この町じゃ俺しか売ってない」
「あ」
ミラが笑う。
「それはすごいじゃない」
「でしょ?」
そこ。
重要。
この町では。
石鹸自体が珍しい。
なら。
今のうちに名前を覚えてもらう。
「作ってるのはレインなんでしょ?」
「うん」
「じゃあ、レインの石鹸でいいんじゃない?」
「それはダサくない?」
「そう?」
「自分の名前そのままって……」
そこで。
止まる。
「…………」
待てよ。
前世。
人の名前がそのまま会社名。
ブランド名。
店名。
普通にあった。
むしろ。
最初は人の名前から始まったものも多い。
「……ありなのか?」
「何が?」
「レイン」
俺の名前。
この世界の人間には。
普通の名前。
でも。
前世の俺からすると。
雨。
レイン。
水。
洗う。
「…………」
悪くない。
いや。
むしろ。
「使えるじゃん」
「何が?」
「レインって名前」
「今さら?」
「違う違う」
洗う。
水。
清潔。
そこに。
レイン。
偶然だけど。
相性がいい。
「レイン石鹸……」
さっき自分で考えたときは。
死ぬほどダサく感じた。
でも。
「レインの石鹸」
少し言い方を変える。
「……まだダサいな」
「何なのよ」
ミラが笑う。
「じゃあレインじゃなくて、家の名前は?」
「アルト?」
「アルトの石鹸」
「うーん」
悪くはない。
でも。
何か足りない。
「綺麗になる……」
俺は呟く。
「洗う」
「うん」
「汚れが落ちる」
「そうね」
「清潔になる」
ミラが少し考える。
「清らかになる?」
「清らか?」
「ほら。神殿とかで使う言い方」
「ああ」
レインの記憶にもある。
この世界にも。
清らか。
清める。
そういう意味の言葉がある。
「清める……」
洗う。
清潔。
石鹸。
「じゃあ」
俺は石鹸を見る。
「清めの石鹸?」
「分かりやすい」
「ダサくない?」
「レイン石鹸よりは」
「やっぱダサかったんじゃん!」
笑われた。
でも。
清めの石鹸。
「…………」
悪くない。
何の商品なのか。
なんとなく分かる。
変に格好つけてない。
覚えやすい。
この世界の人間にも意味が通じる。
「清めの石鹸」
もう一度言う。
「うん」
ミラが頷く。
「私はいいと思う」
「じゃあ」
決める?
これから。
俺が作る商品。
最初の商品。
その名前。
「……清めの石鹸」
よし。
「これにする」
「決まり?」
「決まり」
意外と。
一人で悩んでいた時間より。
人に相談した方が早かった。
◇ ◇ ◇
「で」
ミラが言う。
「いくらなの?」
「え?」
「その新しい石鹸」
「あ」
そうだった。
形を綺麗にした。
名前もつけた。
次は。
値段。
今まで。
一個3リル。
母さんなら。
形が綺麗なら4リルでも買うと言った。
「…………」
なら。
「4リル」
「高くなった」
「形が綺麗になった」
「うん」
「名前もついた」
「名前に1リル払うの?」
「そう言われると弱いな」
でも。
ここは。
試す。
「4リル」
もう一度言う。
ミラが石鹸を見る。
「まあ……いいんじゃない?」
「買う?」
「一個なら」
「…………」
買う?
本当に?
「買うの?」
「何よ」
「いや」
嬉しい。
「じゃあ4リル」
「はい」
銅貨。
四枚。
受け取る。
「…………」
売れた。
一個4リル。
初めて。
3リルより高く。
「売れた……」
「そんな驚く?」
「だって」
追加でかかった金。
ほぼ0リル。
父さんの端材。
形を整えた。
名前をつけた。
それだけ。
販売価格。
3リルから。
4リル。
「…………」
すごい。
価値って。
作れるんだ。
「ミラ」
「なに?」
「ありがとう」
「どういたしまして?」
俺は4リルを革袋に入れた。
現在の所持金。
9リル。
少し。
戻ってきた。
「よし」
清めの石鹸。
一個4リル。
ここから。
もっと売る。
そして。
もっと稼ぐ。
100万リル。
まだまだ遠い。
でも。
昨日より。
少しだけ。
商売のやり方が分かってきた気がする。
「レイン」
「ん?」
「名前つけただけで満足しないでよ」
「分かってる」
「まだ匂い、微妙だからね」
「…………」
そこ。
やっぱり直さないと駄目?
香油。
一番安くて9リル。
現在の所持金。
9リル。
「…………」
ぴったりじゃん。
いや。
違う。
絶対に違う。
これは運命じゃない。
たぶん。




