今度は、何の話?
エルダから帰って、しばらく経った。
石鹸の結果は、まだ分からない。ベルクさんが次にエルダへ行くまで待つしかないし、鞄についても、すぐに何かを変える話にはならなかった。
つまり、久しぶりに急いでやることがない。
最初の数日は少し落ち着かなかったけど、慣れてしまえば普通に過ごせた。父さんの仕事を手伝ったり、ハンスさんの店に顔を出したり、トーマたちと遊んだり。たまにミラの店へ行ってパンを買って、気づけば旅から帰って数週間が経っていた。
こういう生活も悪くない。
金は欲しいけど、毎日何かを売らなくても生きていける。
……まあ、貯金は増えないけど。
◇ ◇ ◇
その日も、俺は父さんの仕事を少し手伝っていた。
「レイン、そっち押さえてくれ」
「これ?」
「ああ。動かすなよ」
「分かった」
父さんが板に印をつけていく横で、俺は言われた通り端を押さえる。
最近はこういう手伝いにも慣れた。家具を一から作れるほどじゃないけど、何を頼まれるかくらいは分かるようになっている。
「レイン!」
外から声がした。
「ん?」
聞き覚えがある。
父さんと顔を見合わせてから外へ出ると、ベルクさんが立っていた。
「ベルクさん?」
「いたいた」
「どうしたんですか?」
「ちょっと聞きたいことがあってな」
ベルクさんが俺を探してくること自体は珍しくない。
石鹸か。
鞄か。
それとも、また別の町へ行く話か。
「エルダ行ったんですか?」
「いや、まだだ」
「じゃあ鞄?」
「それもあとでダリオに話す」
「じゃあ何です?」
ベルクさんは少し笑った。
「お前、ミラのところで変なもん作っただろ」
「変なもん?」
「白いやつだよ。パンに入ってる」
俺は少し考えてから気づいた。
「ああ、白いソース?」
「やっぱりお前か」
「なんで俺だって分かったんですか?」
「ミラに聞いた」
本人に聞いたなら、そりゃ分かる。
◇ ◇ ◇
父さんに少し出ると伝えて、ベルクさんと一緒に歩く。
「食べたんですか?」
「食った」
「どうでした?」
「うまかった」
「ですよね」
「自信あるな」
「何回も試しましたから」
失敗もした。
油っぽくなったり、うまく混ざらなかったり、味がおかしくなったり。ミラと一緒に何度も作り直して、ようやく今の形になった。
「それで?」
「何が?」
「うまかったから俺を探してたんですか?」
「それだけで探すほど暇じゃない」
「ですよね」
ベルクさんは歩きながら、少し声を落とした。
「あれ、リーネ以外でも作ってるのか?」
「たぶん、作ってないと思います」
「たぶん?」
「俺がこの町で考えて、ミラと一緒に作ったものなんで」
「材料は?」
「それはまだ内緒です」
「お」
ベルクさんがこっちを見る。
「前のお前なら普通に喋ってそうだけどな」
「俺だって学びますよ」
「ハンスか?」
「……なんで分かるんですか」
「大体あいつだろ」
正解だった。
前にハンスさんから、物だけじゃなく作り方そのものにも価値があると言われた。
だから白いソースの作り方は、必要もないのに広めないようにしている。
「なるほどな」
ベルクさんが少し考える。
「じゃあ話が早い」
「何の話です?」
「あれの作り方、売る気ないか?」
「……はい?」
思わず立ち止まった。
ベルクさんも少し先で止まる。
「作ったやつを売るんじゃないぞ」
「分かってます」
「作り方そのものだ」
「それも分かってます」
分かってる。
意味は分かっている。
ただ、実際に言われるとは思っていなかった。
「誰に?」
「俺に」
「ベルクさんが作るんですか?」
「俺が毎朝パンに塗って売るように見えるか?」
「似合わないですね」
「だろ」
「自分で聞いたのに」
ベルクさんが笑う。
「他の町へ持っていけると思ってる」
「白いソースを?」
「作った物を運ぶんじゃない。作り方をだ」
その言葉で、少しだけ頭が切り替わった。
石鹸は物を持っていった。
鞄も物を持っていった。
でも今回は違う。
運ぶ物がない。
「それって……」
頭の中に、昔ハンスさんから言われた言葉が浮かぶ。
製法そのものにも価値がある。
あのときは分かったような気になっていただけだった。
でも今なら、少し分かる。
「作らなくても、売れるってこと?」
「そういうことだ」
ベルクさんが笑った。
「興味あるか?」
「あります」
即答した。
これは、今までとは少し違う話になりそうだ。




