帰ったら、報告がいっぱい
トーマの家を出たあと、俺はそのまま町を歩いていた。
初めての旅は終わった。でも、帰ってきたから全部終わりというわけじゃない。出発前に動かしていた話がいくつか残っている。
まずはセラさんだ。
◇ ◇ ◇
「戻りました」
「見れば分かるよ」
店に入るなり、セラさんはいつもの調子だった。
「無事だったかい?」
「もちろん」
「ベルクに迷惑は?」
「なんでみんなそれ聞くんですか?」
「心当たりがある顔してるからじゃない?」
「……無事でした」
「そこしか答えてないね」
セラさんが笑う。
俺はさっそくエルダでの話をした。
「石鹸、ちゃんと五個とも店に置いてもらえました」
「売れたのかい?」
「それはまだ分かりません」
前回は三個とも売れた。
今回はその次の試しだ。店の人も前に使って問題なかったと言っていたし、興味を持つ客もいるらしい。
「ただ、値段を聞いてやめる人もいるみたいです」
「まあ、そうだろうね。こっちで買うより高くなるんだろ?」
「運ぶ分がありますからね」
「それでも売れるなら面白いけどね」
セラさんはそう言って、棚に並んだ薬草へ目を戻した。
「次にベルクがエルダへ行ったとき、どうなったか聞いてきます」
「分かったよ。こっちは今まで通りでいいんだね?」
「はい。今すぐ増やしたりはしなくて大丈夫です」
「なら助かる」
五個置いた。
それだけで生産を増やすのはまだ早い。
売れたかどうかも分からないんだから。
◇ ◇ ◇
次はダリオさんの工房へ向かった。
「おお、レイン! 帰ってきたか!」
「昨日です」
「どうだった、エルダ!」
「面白かったですよ。あと尻が痛かったです」
「馬車旅なんてそんなもんだ!」
ダリオさんは豪快に笑った。
俺が来た理由はもちろん鞄だ。
「ベルクさん、改良したやつをずっと使ってました」
「おっ。どうだった?」
「肩は前より楽になったって言ってました。底も今のところ問題なしです」
「今のところ?」
「ベルクさんが、一往復したくらいで決めるなって」
「そりゃそうだ」
ダリオさんまで同じ反応だった。
「俺は結構よさそうだと思ったんですけど」
「作った側としてもそう言ってもらえるのは嬉しいけどな。実際に使った本人から聞いたほうがいい」
「ですよね」
「ベルクが落ち着いたら連れてこい」
「分かりました」
肩紐を広げたこと。
底の傷みやすいところだけ補強したこと。
どちらも今のところ悪くなさそうだ。
でも、これで完成と決めるのはまだ早い。
その判断はベルクさんの話を全部聞いてからだ。
◇ ◇ ◇
最後はハンスさん。
「ずいぶん回ってるな」
「帰ってきたら報告するところが多くて」
「自分で増やしたんだろ」
「そうとも言います」
いつもの店。
いつもの棚。
エルダの店をいくつも見てきたあとだと、ここまで見慣れた場所も少し違って見える。
「エルダはどうだった?」
「リーネより少し大きくて、旅人が多かったです。あと、店によって置いてる物が結構違いました」
「そりゃ町が変わればな」
「それで、一個聞きたいんですけど」
「何だ?」
俺はエルダで見た乾燥した香草について説明した。
細い葉を乾燥させたような見た目で、西のほうでは煮込み料理なんかに使うらしい。
「ベルクさんが、リーネで売れると思うかって聞かれてたんですよ」
「名前は?」
「聞いたんですけど……」
覚えている名前を伝えると、ハンスさんは少し考えた。
「ああ。それなら見たことはある」
「あるんだ」
「たまに入ってくる。だが、うちじゃほとんど扱わないな」
「売れない?」
「全く売れないとは言わん。ただ、こっちじゃ馴染みが薄い」
なるほど。
「じゃあベルクさん、買わなくて正解だったのかな」
「大量に買わなかったのは正解だろうな。欲しがる料理屋が見つかれば別だが」
「やっぱり、安いからって持ってくればいいわけじゃないんですね」
「今さら何を言ってる」
「分かってますよ。一応確認です」
ハンスさんが笑った。
「ただな」
「はい?」
「お前がエルダでそれを見たってことは、向こうじゃ普通に使われてるんだろ?」
「店の人はそう言ってました」
「なら、覚えておけばいい。今売れない物が、ずっと売れないとは限らん」
「……なるほど」
今すぐ仕入れる必要はない。
でも、忘れる必要もない。
こういうものが一つずつ増えていくのかもしれない。
◇ ◇ ◇
店を出たころには、もう夕方になっていた。
「終わった……」
セラさん。
ダリオさん。
ハンスさん。
とりあえず、帰ってきて伝えたかったことは全部伝えた。
石鹸は次の結果待ち。
鞄はベルクさんの最終的な感想待ち。
香草は、今すぐどうこうする話じゃない。
つまり。
「俺、しばらく暇じゃない?」
旅に出る前はいろいろあったのに、戻ってきたら全部が待ちになった。
悪いことじゃない。
むしろ今までなら、何かしなきゃと焦っていた気がする。
売れるか分からない物を増やしたり、新しい物を作ろうとしたり。
「……まあ、急がなくてもいいか」
十三歳だ。
時間ならある。
そう思いながら歩いていると、腹が鳴った。
「帰ろ」
今日はもう仕事のことは考えない。
明日から何をするかは、明日考えればいい。
初めての旅から帰ってきて、やることも全部片づいた。
ようやく、いつもの生活に戻れそうだった。




