エルダ、どうだった?
翌日。
朝飯を食べ終えた俺は、トーマへの土産を持って家を出た。
昨日は帰ってきてから父さんと母さんに旅の話をして、そのまま早めに寝た。久しぶりの自分の寝台が気持ちよすぎて、気づいたら朝だった。
「さて」
今日はトーマだ。
エルダの話なら山ほどある。
初めて町を出たこと。
馬車で尻が痛くなったこと。
途中で立ち往生していた馬車を手伝ったこと。
エルダの店や市場。
石鹸。
ベルクさんの仕事。
それから――。
「……何から話そう」
考えているうちに、トーマの家の宿が見えてきた。
◇ ◇ ◇
「お、帰ってたのか」
宿へ入ると、トーマは一階で食器を片づけていた。
「昨日帰ってきた」
「どうだった?」
「それがさ――」
「宿」
「……はい?」
「エルダの宿、見てきた?」
最初にそれ?
「見たけど」
「どんな感じだった?」
「エルダの町の話は?」
「あとで聞く。宿は?」
強い。
俺は近くの空いている席へ座った。
「最初に泊まろうとしたところは満室だった」
「そんなに混むの?」
「西から商隊が来てたらしくて、五軒目でやっと取れた」
「五軒?」
トーマが片づけていた手を止めた。
「そんなに宿あるのか?」
「もっとあったよ。泊まったところ以外も見てきた」
「馬車置けるところは?」
「あるところと、ないところがあった」
「部屋は?」
「俺たちは二人部屋。寝台が二つ」
「飯は宿で?」
「うん。一階が食堂になってた」
質問が止まらない。
「ちょっと待って」
「何?」
「お前、エルダの町より宿の話ばっかりじゃん」
「だって見てきてって頼んだだろ」
「頼まれたけどさ」
「他の町の宿なんて見たことないし」
そう言われると分かる気もする。
俺がエルダの商品や市場を見て面白かったのと同じで、トーマにとっては宿のほうが気になるんだろう。
◇ ◇ ◇
「大きい宿もあった?」
「あった。馬車を置く場所が広いところとか、一階の食堂がかなり大きいところとか」
「へえ……」
「逆に小さいところは馬車を置けなかった」
「徒歩の客向けかな」
「ベルクさんも似たようなこと言ってた」
トーマが少し考える。
「荷物はどうしてた?」
「俺たちは大事な物を部屋まで持っていった。馬車に置いたままにはしなかったよ」
「預かってくれるところは?」
「そこまで見てない」
「そっか」
「ごめん」
「いや、別に調査に行ったわけじゃないんだから」
それはそうだ。
でも、こうして聞かれると見ていなかったところが結構ある。
「次行ったら見てくるよ」
「また行くの?」
「ベルクさんが次も来るかって」
「行くって答えた?」
「もちろん」
「早いな」
トーマが笑う。
◇ ◇ ◇
「それより、エルダ自体も面白かったよ」
今度は俺から話し始める。
リーネより人も馬車も多かったこと。
旅人向けの店が目立ったこと。
市場では同じ物でもリーネと値段が違ったこと。
ベルクさんが店を回りながら商品を売ったり、逆に仕入れたりしていたこと。
「石鹸も持っていったんだっけ?」
「五個。前に三個持っていって売れたから、今回はもう一回試す」
「売れた?」
「まだ分かんない」
「二日いたんだろ?」
「半日で確認しに行こうとしたらベルクさんに止められた」
「そりゃそうだろ」
「俺も今ならそう思う」
「今なら?」
「そのときは一個くらい売れてるかもって思ってた」
トーマが呆れた顔をした。
「お前、絶対毎日見に行くタイプだろ」
「リーネだったら行ってたかも」
「店の人に嫌がられるぞ」
ベルクさんと同じことを言われた。
◇ ◇ ◇
「あ、そうだ」
危うく話だけして帰るところだった。
持ってきた包みを取り出す。
「ほら」
「何?」
「土産」
「本当に買ってきたの?」
「約束しただろ」
トーマが包みを開ける。
中に入っているのは、エルダで買った焼き菓子だ。
「食べ物?」
「日持ちするらしい。向こうじゃ旅人も買うって」
「へえ」
一つ手に取る。
「食べていい?」
「お前のだから」
トーマがかじる。
少し固いから、最初は妙な顔をした。
「固い」
「俺も昨日食べた」
「味はうまいな」
「だろ?」
「これ、いくらだった?」
「土産もらって最初に値段聞く?」
「気になるだろ」
「普通は聞かないと思う」
「宿屋だと食い物の値段は気になるんだよ」
本当か?
トーマだからじゃないのか?
◇ ◇ ◇
しばらく話していると、宿に客が入ってきた。
「あ、悪い。ちょっと待ってて」
「手伝おうか?」
「大丈夫。荷物置いてくるだけだから」
トーマが客のところへ向かう。
俺は席に座ったまま、その様子を眺めた。
荷物を受け取って、部屋を確認して、客を案内する。
エルダでいくつも宿を見てきたあとだと、前とは少し違って見える。
ここも同じ宿だ。
でもエルダの宿とは違う。
客の数も。
建物の広さも。
馬車を置ける場所も。
きっと、それぞれに合ったやり方があるんだろう。
「お待たせ」
「お疲れ」
戻ってきたトーマが向かいに座る。
「なあ、レイン」
「何?」
「エルダ、やっぱり一回見てみたいな」
「面白いよ」
「宿も?」
「お前はそこなんだな」
「気になるだろ」
トーマが笑う。
「でも急には行けないけどな。家の仕事もあるし」
「今度ベルクさんが行くとき、聞いてみる?」
「いや、まだいい」
トーマは少し考えてから首を振った。
「行くなら、ちゃんと家にも話してからにする」
「そっか」
俺とは違う。
いや、俺もちゃんと話したけど。
「じゃあ、いつか一緒に行こう」
「そのときはもっと宿見てこようぜ」
「エルダまで行って宿巡り?」
「いいだろ」
「俺は店も見たい」
「じゃあ両方」
それなら悪くない。
初めての旅はベルクさんと二人だった。
でも次か、その次か。
いつになるかは分からないけど、友達と別の町へ行くのも面白そうだ。
「その前に」
「何?」
「土産、もう一個食っていい?」
「好きにしろよ。お前のだって」
結局、トーマは最後までエルダの町より宿と食べ物の話をしていた。




