帰り道は、少し短い?
翌朝。
まだ少し眠い目をこすりながら、宿の外へ出た。
ベルクさんはすでに馬車の確認を始めている。俺も自分の荷物を積み、忘れ物がないか鞄の中をもう一度確かめた。
トーマへの土産。
家族への土産。
自分用に買った馬車の飾りは、鞄の外で揺れている。
「忘れ物ないか?」
「大丈夫です」
「本当に?」
「たぶん」
「今確認したばかりだろ」
「絶対って言って忘れてたら恥ずかしいので」
「便利な逃げ道だな」
最後に部屋を確認して、宿を出る。
二日しかいなかったエルダ。
来たときは知らない町だったのに、離れるとなると少し寂しい。
「また来ればいい」
「声に出てました?」
「顔見れば分かる」
「またそれだ」
俺の顔は、もう少し秘密を守ってほしい。
◇ ◇ ◇
エルダの門を抜け、馬車は東へ進む。
来たときと同じ道だ。
でも、不思議と景色の見え方が違った。
「あそこ、来るとき休んだところですよね?」
「よく覚えてるな」
「尻が痛くて降ろしてもらったので」
「覚え方がひどいな」
初日は見るもの全部が知らない景色だった。
今は「あそこ通った」「この辺で休んだ」と思い出せる場所がある。
道を知っているだけで、少し気持ちが楽になるらしい。
「帰りのほうが早く感じるかも」
「まだ出たばっかりだぞ」
「気分の話です」
「今日の夜にも同じこと言ってたら認めてやる」
それは自信がない。
◇ ◇ ◇
昼前、一度馬車を止めて休憩する。
馬に水を飲ませているベルクさんを見て、思い出した。
「そうだ。鞄どうです?」
「これか?」
ベルクさんが背負っていた改良版の鞄を下ろす。
ダリオさんが手を入れた、旅向けの試作品。
肩紐を少し広くして、底は前回傷みが目立った角を中心に補強してある。
「行きで三日使って、エルダでも使って、今日が帰り一日目ですよね」
「数えてたのか」
「俺が頼んだんだから気になりますよ」
「今のところは前よりいい」
「肩?」
「ああ。重くなれば痛くはなるが、前よりは楽だな」
「おお」
ちゃんと改善している。
「底は?」
「まだ問題ない」
鞄をひっくり返して見せてもらう。
地面に置いた跡や汚れはあるけど、前回みたいに角が目立って傷んではいない。
「じゃあ成功?」
「早い」
「やっぱり?」
「帰りも使うって昨日言っただろ」
「ちょっとくらい喜んでもいいじゃないですか」
「良くなってるとは言ってる」
ベルクさんは鞄を背負い直した。
「ただ、これで何度も旅したわけじゃない。底だって一往復で駄目になるなら困るだろ」
「確かに」
前回だって一日だけなら問題は見えなかったかもしれない。
何日も使って、荷物を入れて、地面に置いて、馬車にも載せる。
それで初めて分かることがある。
「帰ったらダリオさんにそのまま言ってくださいね」
「お前も聞いてただろ」
「作った本人に直接言ったほうがいいです」
「分かったよ」
これで忘れない。
たぶん。
◇ ◇ ◇
帰り道は、本当に少し短く感じた。
距離が縮んだわけじゃない。
馬車が急に速くなったわけでもない。
ただ、次に何があるか分かる。
休む場所。
道の曲がり方。
泊まる場所まで、あとどれくらいか。
それだけで、行きより気持ちに余裕があった。
一日目の宿に着いても、前みたいに周りを全部見て回ることはしなかった。
飯を食べて、少しベルクさんと話して、早めに寝る。
翌朝、また馬車へ乗る。
二日目も同じように進んだ。
途中ですれ違った商人とベルクさんが少し話をしたけど、俺はもう「知らない人と急に話し始めた」と驚かなかった。
これがベルクさんの日常なんだろう。
◇ ◇ ◇
三日目。
朝から馬車に揺られながら、俺は前を見ていた。
「ベルクさん」
「何だ?」
「まだ?」
「もう少し」
「それ昨日も聞いた気がする」
「昨日は宿までだろ」
「今日は?」
「リーネまで」
それを聞くだけで、少し姿勢が良くなる。
見慣れた景色が増えてきた。
街道沿いの畑。
前にも見た小さな林。
行きでは気にしていなかった分かれ道。
「……帰ってきた感じするな」
「まだ門にも着いてないぞ」
「分かってますよ」
でも、エルダへ近づいたときとは違う。
知らない町が見えてくる楽しさじゃない。
知っている場所へ戻ってくる安心感だ。
「レイン」
「はい?」
「見えてきたぞ」
「え?」
ベルクさんが前を指す。
街道の先。
まだ小さいけど、見覚えのある町の姿があった。
「……リーネだ」
三日かけてエルダへ行って。
二日過ごして。
また三日かけて戻ってきた。
初めての町の外。
初めての長い馬車旅。
知らない店を見て、知らない人と話して、知らない町で飯を食って寝た。
出発したときと同じ町が、今は少し違って見える。
「帰ってきた」
「ああ」
鞄についた小さな馬車が、馬車の揺れに合わせて揺れている。
家に帰ったら、話すことが山ほどある。
父さんと母さん。
トーマ。
ハンスさん。
セラさん。
ダリオさん。
「……結構忙しいな」
「帰って早々何がだ?」
「こっちの話です」
まずは家だ。
もう少しで、リーネに着く。




