土産、忘れてた
広場を離れて、しばらく歩いたところだった。
通りの向こうに小さな店が見えた。店先には木彫りの飾りや布小物が並んでいて、その横では菓子らしいものも売っている。
何となく眺めながら通り過ぎようとして――足が止まった。
「……あ」
「どうした?」
「土産」
「土産?」
「忘れてた!」
完全に忘れていた。
トーマに言われていたじゃないか。
エルダの宿を見てくる。
帰ったら話をする。
それから、安い土産。
「危なかった……」
「明日の朝に思い出すよりはマシだな」
「自分の物だけ買って帰るところだった」
鞄を見る。
昨日買った小さな馬車の飾りが揺れている。
これはひどい。
◇ ◇ ◇
「何がいいかな」
「俺に聞くな」
「ベルクさん、いろんな町で土産買わないんですか?」
「毎回買ってたら荷物だらけになる」
「夢がないなあ」
「仕事で来てるんだよ」
そうだった。
とりあえず店先を覗いてみる。
木で作られた小さな動物。
紐を編んだ飾り。
簡単な革細工。
どれも高くはなさそうだけど、トーマが欲しがるかと言われると微妙だ。
「飾りはいらなそうだな」
「お前は買ったのにな」
「俺とトーマは違います」
トーマの鞄に馬車の飾りがぶら下がっている姿を想像してみる。
……たぶん、いらないって言う。
「食べ物のほうがいいかな」
「それなら消えるから邪魔にはならんな」
「言い方が土産じゃないんですよ」
でも悪くない。
店の端には、固く焼いた小さな菓子が並んでいた。薄い生地を何枚か重ねて焼いているらしく、日持ちもするという。
「これ、エルダの物ですか?」
店の女性に聞く。
「この辺じゃよく売ってるよ。旅人も買っていくね」
「リーネにはあまりない?」
「リーネは知らないねえ」
まあ、そこまで都合よくは分からないか。
一つ試してみたい気もする。
でも土産を先に食べるのも違う。
「トーマにはこれでいいかな」
「本人がいないのに俺に聞かれても知らん」
「ベルクさん、今日ずっとそれ言ってません?」
「お前が俺に聞くからだろ」
確かに。
◇ ◇ ◇
値段を聞いて、少量だけ包んでもらう。
トーマ一人ならこれで十分だ。
そこで財布をしまおうとして、手が止まった。
「……家は?」
「何が?」
「父さんと母さん」
初めて町の外へ出る息子を送り出してくれた。
帰ってきたら土産話だけ。
それでも別に怒られないとは思う。
でも、せっかくなら何か持って帰りたい。
「同じのもう少し買おうかな」
「好きにしろ」
「増やしすぎ?」
「自分で決めろ」
「冷たいなあ」
「さっきから全部俺に決めさせようとしてるだろ」
バレた。
改めて財布を見る。
宿代。
食事代。
帰りの分。
念のため残している金。
そこを考えても、菓子を少し増やすくらいなら問題ない。
「じゃあ、もう少しください」
「あいよ」
家族用も追加した。
これなら父さんと母さんと一緒に食べられる。
自分も食べる気なのは内緒だ。
◇ ◇ ◇
「ニコたちは?」
店を離れてから、ふと思った。
「誰だ?」
「トーマ以外の友達です」
「土産頼まれたのか?」
「頼まれてないです」
「なら別にいいんじゃないか?」
「でもトーマだけってのもなあ」
ニコ、ルカ、エミル。
最近は一緒に遊ぶこともある。
トーマだけに渡したら、少し気まずいだろうか。
「全員に買い始めたら増えるぞ」
「ですよね」
「次はその家族、その次は知り合い、その次は店の連中か?」
「ハンスさんには……」
「買うな」
「まだ言ってない」
「増え始めてるだろ」
危ない。
土産というのは、考え始めると際限がないらしい。
今回はトーマに約束した分と、家族用。
それで終わり。
「よし」
「決まったか?」
「もう買いません」
「昨日も似たようなこと言ってなかったか?」
「今日は本気です」
「そうか」
信用されてない気がする。
◇ ◇ ◇
宿へ戻るころには、空が少し赤くなり始めていた。
部屋に入って、買った物を鞄へしまう。
トーマの分。
家族の分。
そして鞄の外には、俺が自分用に買った小さな馬車。
「……よし、忘れてない」
「何を確認してるんだ?」
「帰ったらやることです」
宿の話をトーマにする。
エルダの町のことも話す。
土産を渡す。
ハンスさんには、今日見た香草のことを聞いてみたい。
セラさんには、石鹸を五個ちゃんと持ってきたことを伝える。
ダリオさんには――。
そこまで考えて、ベルクさんの荷物の横に置かれた鞄が目に入った。
「あ、そっちもあった」
「何だ?」
「その鞄。帰ったらダリオさんに話さないと」
「まだ帰りも使うぞ」
「そうですね。じゃあ帰ってからまとめて聞きます」
往路だけで決める必要はない。
帰りも三日ある。
荷物の量だって変わっている。
最後まで使って、それからだ。
「明日、朝早いぞ」
「分かってます」
「荷物まとめとけよ」
「もうやります」
エルダで過ごす最後の夜。
来たときより、鞄の中身は少し増えた。
でも無駄に買い込んではいない。
自分用に一つ。
約束した土産。
家族への土産。
これくらいなら、たぶん大丈夫だ。
……土産まで浪費扱いされたら、さすがに悲しい。




