午後は、好きに見ていい?
宿へ戻ると、ベルクさんは荷物を確認してから大きく息を吐いた。
「よし。午後は空いたな」
「仕事終わり?」
「今日やる分はな。明日は朝から帰るぞ」
「もう?」
「二日いるって言っただろ」
分かってはいたけど、実際に明日帰ると言われると早く感じる。
三日かけて来たのに、エルダにいるのは二日だけ。しかも昨日は到着してから宿探しとベルクさんの仕事で半日が終わった。
「まだ全然見てないんですけど」
「何日いるつもりだったんだ?」
「一週間くらい?」
「俺の仕事が終わる」
「じゃあ午後は?」
「好きに見ていいぞ」
思わず顔を上げた。
「本当に?」
「俺も一緒だけどな」
「それは分かってます」
知らない町で勝手に動かない。
その約束は、さすがにもう忘れない。
◇ ◇ ◇
「で、どこ行く?」
宿を出てすぐ、ベルクさんに聞かれた。
「うーん……」
昨日なら市場と答えていた気がする。
店を見るのは面白いし、リーネと値段を比べるのも面白い。でも昨日も今日の午前中も、かなりの数の店を見た。
「普通に歩きたい」
「普通に?」
「エルダを」
「目的地なしでか?」
「はい」
「珍しいな」
「何がです?」
「お前なら店を全部見たいとか言うと思った」
「俺を何だと思ってるんですか」
「昨日、知らない道具を見つけて動かなくなったやつ」
反論できない。
「今日は買いません」
「別に買ってもいいぞ。自分の金なら」
「そう言われると買いたくなるからやめてください」
ベルクさんが笑う。
とりあえず、大通りから外れて歩いてみることにした。
◇ ◇ ◇
店が多い通りを抜けると、少しずつ町の雰囲気が変わった。
普通の家が増え、道幅も少し狭くなる。洗濯物を干している家があれば、家の前で道具を直している人もいる。
子供たちが何人か走っていった。
「……なんか普通ですね」
「何を期待してたんだ?」
「いや、エルダってずっと店と宿ばっかりなのかと思ってました」
「人が住んでる町だぞ」
「そうなんですけど」
門から宿まで。
宿から店。
店から市場。
俺が見ていたのは、旅人や商人がよく使う場所ばかりだったらしい。
少し外れれば、リーネとそんなに変わらない。
家があって、人が暮らしている。
「トーマたちがいたら、普通に遊んでそうだな」
「ああ、例の宿屋の友達か」
「はい。あと何人か同い年のやつがいて」
「なるほどな。そいつらにも土産を頼まれてるのか?」
「トーマだけです。しかも、安いやつって念押しされました」
「しっかりしてるな」
「宿屋の息子なんで、その辺は俺より細かいですよ」
そう話しながら歩いていると、また人通りの多い道へ出た。
こっちは宿が多い。
昨日通った辺りとは少し違って、小さな宿から大きめの宿まで何軒も並んでいた。
「あ」
「どうした?」
「そうだ。トーマに宿見てこいって言われてた」
「昨日から見てるだろ」
「他の宿も」
せっかくなので、少しゆっくり歩く。
一軒目は小さい。
馬車を置く場所も見当たらない。
二軒目は入口が広く、横に馬を預ける場所がある。
三軒目は一階がかなり広い食堂になっていて、昼を過ぎているのに客が何人かいた。
「結構違いますね」
「客が違うからな」
「客?」
「あそこは馬車を置けないだろ」
ベルクさんが最初の小さな宿を指す。
「徒歩の旅人なら困らん。荷物の少ないやつなら安い方がいいこともある」
「じゃあ、あっちは?」
「馬車で来る商人には使いやすいだろうな」
なるほど。
宿ならどこも似たようなものだと思っていた。
でも、泊まる人によって必要なものが違う。
「トーマの家はどっちだろ」
「馬車は置けるって言ってたな」
「あ、覚えてたんですか?」
「お前が何度も話すからな」
「こんなに広くはないですけどね」
帰ったら色々聞いてみよう。
エルダの宿を見てきたと言えば、たぶんトーマのほうから細かく質問してくる。
今度こそ忘れないようにしないと。
◇ ◇ ◇
さらに歩いていくと、小さな広場に出た。
中央には水を汲める場所があり、その周りで何人かが休んでいる。端では簡単な食べ物を売っている人もいた。
「休むか?」
「はい」
空いている場所に腰を下ろす。
目の前を、いろんな人が通っていく。
大きな荷物を背負った男。
買い物籠を持った女性。
走っていく子供。
馬を引く旅人。
誰かを待っているらしい老人。
「昨日よりエルダっぽくないですね」
「どういう意味だ?」
「分かんないですけど、普通の町って感じ」
昨日は何を見てもリーネとの違いを探していた。
値段が違う。
店が違う。
旅人が多い。
宿が多い。
でも、こうして座っていると、違うところばかりでもない。
「住んでる人からすれば、ここが普通だからな」
「そっか」
俺にとってのリーネと同じだ。
エルダの人にとっては、この人の多さも、馬車の多さも、旅人が歩いている景色も日常なんだろう。
◇ ◇ ◇
休憩を終え、また歩き始める。
今度は特に何かを探すこともしなかった。
気になる道があれば曲がる。
人が多ければ覗いてみる。
いい匂いがすれば立ち止まる。
「食うのか?」
「見るだけです」
「昨日も聞いたな」
「今日は本当に見るだけ」
焼いた肉の匂いに後ろ髪を引かれながら通り過ぎる。
俺は偉い。
昨日、飾りを買ったし。
「レイン」
「はい?」
「今、ものすごく食いたそうだったぞ」
「帰るまでにお腹空いたら買います」
「結局食う気じゃないか」
「お腹空いたなら必要です」
「そういうところは変わらんな」
別に全部変える必要はない。
たぶん。
歩きながら、鞄につけた小さな馬車が揺れる。
明日の朝には、この町を出る。
まだ見ていない場所なんていくらでもあるし、知らないことも山ほどある。
それでも、来る前よりはエルダを知った。
店だけじゃない。
宿だけでもない。
ここにも普通に暮らしている人がいて、その中に旅人や商人が混ざっている。
「また来たいな」
「来ればいい」
「そんな簡単に言います?」
「道は覚えただろ」
「馬車は持ってないです」
「じゃあ俺が来るときについてくるか?」
「また?」
「嫌ならいいぞ」
「行きます」
「即答だな」
そりゃそうだ。
一回来ただけで全部分かるなら、こんなに歩き回っても気になるものが残っているはずがない。
エルダ二日目。
明日には帰る。
なのに俺はもう、次に来ることを考えていた。




