見るだけなら、タダだよな?
「見るだけなら、タダですよね?」
「その台詞を言うやつは、大体買う」
「偏見です」
ベルクさんにそう返しながら、俺は店先へ近づいた。
並んでいるのは、旅で使うための小物らしい。紐や金具、小さな容器、折り畳める木製の道具まである。何に使うのか分からない物も多く、見ているだけでも結構面白い。
「これ、何ですか?」
手のひらほどの木製の道具を指すと、店の奥にいた女性が出てきた。
「靴を脱ぐときに使うんだよ。踵を引っかけてな」
「へえ」
試しに手に取ってみる。
作りは単純だけど、旅先で泥だらけになった靴を脱ぐときには便利そうだ。
「いくらですか?」
「買う気じゃないか」
「値段を聞いただけです」
ベルクさんが呆れた顔をしている。
まだ買うとは言っていない。
◇ ◇ ◇
他にも気になる物があった。
小さな金属製の留め具。荷物を紐で縛るときに使うらしく、結び目を毎回作らなくても固定できる。
布を巻いて留めるための木製の留め具もある。小さな油入れや、旅用の簡素な食器まで並んでいた。
「リーネでも売ってます?」
店の女性に聞いてみる。
「さあね。似た物ならあるんじゃないかい?」
「これ、エルダで作ってるんですか?」
「全部じゃないよ。西から来る物もあるし、近くの職人が作ってる物もある」
なるほど。
エルダだけの商品というわけではないらしい。
「レイン」
「はい?」
「今、買わなくていい理由を探してるだろ」
「……なんで分かったんです?」
「さっきまで欲しそうに見てたのに、急にどこで作ってるか聞き始めたからな」
鋭い。
昔の俺なら、欲しいと思った時点で買う理由を探していた。
旅先で見つけた。
便利そう。
せっかく来た。
今買わないと後悔する。
いくらでも理由は作れる。
でも今回は逆だ。
本当にここで買う必要があるのかを考えている。
「俺、成長してません?」
「自分で言わなきゃな」
「言わないと誰も褒めてくれないので」
「じゃあ俺が褒めてやる。偉い偉い」
「雑だなあ」
十三歳相手でも、もう少し気持ちを込めてほしい。
◇ ◇ ◇
結局、最初に見た靴を脱ぐ道具は棚へ戻した。
便利そうではある。
でも家で使うなら、父さんに頼めば似た物を作れそうだ。
荷物用の金具も気になったけど、今の俺には大量の荷物を運ぶ予定がない。
「……買う物ないな」
「いいことじゃないか」
「旅先まで来たのに?」
「何か買わないと帰れない決まりでもあるのか?」
「ないですけど」
ちょっと寂しい。
せっかく初めて別の町まで来たのに、思い出が石鹸と馬車の尻の痛みだけになってしまう。
そう思いながら棚を見ていると、小さな物が目に入った。
「あ」
「今度は何だ」
細い革紐の先に、小さな金属の飾りが付いている。
道具ではない。
どう見ても飾りだ。
「これ、何に使うんです?」
「鞄や鍵につける飾りだよ」
女性が答える。
形はいくつかあった。
馬。
鳥。
花。
そして、小さな馬車。
「……これいいな」
「何に使うんだ?」
「別に何にも」
「さっきまであんなに必要かどうか考えてたのに?」
「これは必要な物として見てないので」
「開き直ったな」
自分でもそう思う。
でも、何でもかんでも役に立つかどうかで決めるのも違う気がする。
◇ ◇ ◇
値段を聞く。
高くない。
財布を確認する。
旅のために分けておいた金にも余裕はある。
それでも一応、少し考えた。
「買うのか?」
「買います」
「即決じゃないんだな」
「ちゃんと考えましたよ」
「何を?」
「欲しい。高くない。旅の金も足りる」
「三つしかないぞ」
「十分です」
店の女性に代金を払い、小さな馬車の飾りを受け取る。
手のひらに乗せてみる。
別に便利じゃない。
金が増えるわけでもない。
商売にも使えない。
でも、なんとなく気に入った。
「鞄につけるか」
「その鞄、お前が作らせたやつだろ」
「だからちょうどいいじゃないですか」
革紐を鞄の端に結ぶ。
小さな馬車が揺れた。
うん。
悪くない。
◇ ◇ ◇
店を離れて、宿へ戻る道を歩く。
ベルクさんが俺の鞄を見る。
「結局買ったな」
「一個だけです」
「見るだけだったんじゃないのか?」
「予定は変わるものです」
「便利な言葉だな」
俺は鞄につけた飾りを指で弾いた。
使い道なんてない。
完全に無駄遣いと言われれば、たぶんそうだ。
でも、不思議と後悔はしていなかった。
「……こういうのは、いい気がする」
「何が?」
「欲しい物を全部我慢するんじゃなくて、買っても大丈夫か考えてから買うの」
「普通のことじゃないか?」
「俺には難しいんですよ」
「そうか」
ベルクさんには分からないだろう。
前世の俺は、その普通ができなかった。
買ったあとに金がないことに気づいて、次の給料日まで節約する。何度やったか覚えていない。
でも今は、貯金を崩していない。
商売の金にも手を出していない。
旅に必要な金も残っている。
そのうえで、一つだけ欲しい物を買った。
「よし」
「何がよしなんだ?」
「いい買い物でした」
「ならいいんじゃないか」
ベルクさんはそれ以上何も言わなかった。
俺も少しだけ笑う。
貯金するって、何も買わないことじゃない。
たぶん。
……たぶん、これで合ってる。




