今度は、何を買うの?
雑貨屋を出たあとも、ベルクさんの仕事は終わらなかった。
俺としては五個の石鹸を置いてもらえた時点で、今日の大仕事を終えたような気分になっていた。でもベルクさんからすれば、あれは持ってきた商品の一つを売っただけだ。
「次はどこですか?」
「仕入れだ」
「仕入れ?」
「ああ。持ってきた物を売るだけじゃ、帰りの馬車が空くだろ」
なるほど。
リーネから商品を運んできて、エルダで売る。帰りは空になった馬車で帰るものだと、なんとなく思っていた。
でも、それじゃ片道しか商売していない。
「エルダで買って、リーネで売る?」
「それもある。次に回る町まで持っていく物もあるな」
「帰ったら、またすぐ出るんですか?」
「ずっとリーネにいる仕事じゃないからな」
そう言われると当たり前だけど、改めて大変な仕事だ。
俺なら三日馬車に乗っただけで、しばらく家の椅子から動きたくない。
◇ ◇ ◇
ベルクさんが向かったのは、市場の端にある大きめの店だった。
店先には木箱や袋が積まれ、中には乾燥させた植物や香辛料らしき物が入っている。奥には瓶や壺も並んでいて、さっきの雑貨屋とはずいぶん雰囲気が違った。
「お、ベルク。来てたのか」
「今日着いた。何か面白い物あるか?」
「面白い物ならいくらでもあるぞ。買う金があればな」
「売れる物にしてくれ」
「相変わらず夢がないな」
二人が笑いながら話し始める。
俺は邪魔にならないよう横で見ていたけど、すぐに気になる物を見つけた。
小さな袋に入った、赤黒い実。
「これ何ですか?」
店主がこっちを見る。
「乾かした実だ。煮込みに少し入れると香りが出る」
「食べられるんだ」
「そのまま食う物じゃないぞ」
危なかった。
ちょっと食べてみたいと思っていた。
「レイン」
「はい?」
「買うなよ」
「まだ何も言ってないです」
「顔が言ってる」
また顔か。
俺の顔はそんなに分かりやすいんだろうか。
◇ ◇ ◇
ベルクさんは店主と話しながら、いくつかの商品を確認していた。
値段を聞いて、手に取って、それでもすぐには買わない。
「これは?」
「最近少し下がった。西から多めに入ったからな」
「リーネじゃ余ってる」
「じゃあ北へ持っていけ。あっちは今年少ないって聞いたぞ」
「次に北へ行くのはまだ先だ。それまで抱えたくない」
「ならこっちは?」
次々に商品が変わる。
聞いているだけでも、頭がこんがらがってきた。
「ベルクさん」
「何だ?」
「いつもこんなに考えて買ってるんですか?」
「考えずに買ったら、荷物が金に戻らなくなるだろ」
「でも安いんですよね?」
「安くても売れなきゃ荷物だ」
さっきも似たようなことを言われた。
どうやら俺は今日一日で、何度も同じ罠に引っかかっている。
安い。
だから買う。
前世の俺なら、その二つだけで十分だった。
「……俺、行商人向いてないかもしれない」
「今さら何の心配してるんだ」
「いや、安い物見ると欲しくなるので」
「自分で使う前提なのがおかしいだろ」
確かに。
◇ ◇ ◇
結局ベルクさんが買ったのは、俺が気になっていた赤黒い実ではなかった。
乾燥させた薬草と、小さな袋に分けられた香辛料をいくつか。それから、リーネではあまり見かけない染料も少量だけ買った。
「それ、リーネで売るんですか?」
「薬草の一部はな。香辛料は別の町へ持っていくかもしれん。染料はリーネで話を聞いてから決める」
「売る相手決まってないのに買うの?」
「少量なら試せる。全部、確実に売れる物だけ買えるわけじゃない」
「さっきと言ってること違いません?」
「違わない」
ベルクさんが荷物をまとめながら続ける。
「売れそうか考える。でも最後は試さないと分からん。だから外したときに困らない量にする」
「ああ……」
それなら分かる。
石鹸と同じだ。
最初から大量に持っていかず、三個。
次は五個。
売れるか分からないから、小さく試す。
「商売って、結局そればっかりですね」
「何が?」
「少し試して、駄目ならやめて、良かったら増やす」
「それで済むなら安いだろ」
ベルクさんが笑った。
確かに、いきなり全部突っ込んで失敗するよりずっといい。
◇ ◇ ◇
仕入れを終えて店を出る。
ベルクさんの荷物は少し増えたけど、まだ馬車には余裕があるらしい。
「今日はもう終わり?」
「大体な。あとは明日だ」
「明日も仕事?」
「何しに来たと思ってる」
「俺は町を見るために来ました」
「俺は働きに来たんだよ」
目的が違った。
とはいえ、ベルクさんの仕事を見るのも面白い。
リーネにいたときは、ベルクさんが商品を持ってくるところしか見ていなかった。その商品をどこで買って、何を考えて運んでいるのかなんて知らなかった。
町から町へ移動するだけでもない。
安い物を買って高く売るだけでもない。
どこで何が余っていて、どこで何が欲しがられているのか。それを知って、少しずつ荷物を入れ替えながら移動している。
「……結構難しい仕事してたんですね」
「今まで何だと思ってた?」
「馬車で商品運んでる人」
「帰ったらハンスに言ってやる」
「なんで!?」
「あいつなら笑う」
絶対笑う。
やめてほしい。
そんな話をしながら歩いていると、さっきとは別の通りへ出た。
そこにも店が並んでいる。
そして、その中の一軒で足が止まった。
「……ベルクさん」
「買わないぞ」
「まだ何も言ってない」
「じゃあ歩け」
「ちょっと見るだけ」
「何を?」
店先に、見たことのない小さな道具がいくつも並んでいた。
「……あれ」
知らない町。
知らない商品。
財布の中には、自分の金。
これは危ない。
エルダには、石鹸より先に俺の貯金を減らす力があるかもしれない。




