石鹸、どうでした?
店に入ると、棚いっぱいに商品が並んでいた。
食器や布、小さな道具、瓶に入った油。ハンスさんの店と似ている物もあるけど、見たことのない商品も混ざっている。
「いらっしゃ――お、ベルクか」
「久しぶりだな」
奥から出てきた男が、ベルクさんを見るなり表情を緩めた。
「思ったより早かったな」
「近くまで来たから寄った。ちょうどエルダへ持ってくる物もあったしな」
「そっちの子は?」
「レイン。前に持ってきた石鹸、あれを考えたやつだ」
「え?」
店主の視線が俺に向いた。
上から下まで見られる。
「……この子が?」
「どうも」
「もっと年上を想像してた」
「よく言われます」
嘘だ。
初めて言われた。
◇ ◇ ◇
「それで」
挨拶を済ませたところで、俺は我慢できずに聞いた。
「石鹸、どうでした?」
「いきなりだな」
店主が笑う。
「すみません。気になってて」
「ベルクから聞いてないのか?」
「売れたとは聞きました。でも、実際どうだったのかは直接聞きたかったんです」
「なるほどな」
店主は少し考えてから、近くの台に手をついた。
「俺が使った分は悪くなかった。手や布を洗うのに使ってみたが、ちゃんと汚れも落ちたしな」
「匂いとかは?」
「俺は気にならなかった。ただ、そこは好みがあるだろうな」
まずは一安心。
セラさんが作っている物だから品質そのものは心配していなかったけど、別の町でも普通に使えると言ってもらえるのは嬉しい。
「もう一個は、お客さんに売ったんですよね?」
「ああ」
「その人、何か言ってました?」
「次に来たときに少し聞いたぞ」
「本当ですか?」
思わず身を乗り出した。
「使えたとは言ってた。ただ、すぐもう一個欲しいって話にはならなかったな」
「あ……」
ちょっとだけ期待していた。
一度使ったら気に入って、また欲しい。
そんな展開を。
「気にするな。毎日なくなる物じゃないんだから、使い切らないと次は買わんだろ」
ベルクさんが横から言う。
「それもそうか」
「三個売れただけで常連客まで期待してたのか?」
「ちょっとだけ」
「気が早い」
はい。
◇ ◇ ◇
「ただな」
店主が続ける。
「置いてたときに、何人か興味を持った客はいた」
「お」
「何だこれは、って聞かれたよ。洗う物だって説明すると、面白がるやつもいた」
「じゃあ結構いけそう?」
「最後まで聞け」
「はい」
怒られた。
「値段を聞いてやめた客もいた」
「値段か……」
前回ベルクさんから聞いた話にもあった。
物としては使える。
でも、運んでくるなら値段が問題になる。
「それと、見ただけじゃ何に使う物か分からん」
店主が棚を指す。
「知ってる商品なら置いておくだけでも売れる。これは違う。初めて見る客には説明がいる」
「毎回?」
「最初のうちはな」
それは確かに面倒だ。
ハンスさんの店では、もう石鹸を知っている客がいる。俺自身も最初は説明していたけど、今はそこまで必要ない。
でもエルダでは、ほぼ全員が初見だ。
「知らない物を売るって、大変なんですね」
「当たり前だ」
「ベルクさんまで言わなくても」
「俺も前に言ったぞ」
「……そうでしたっけ?」
「忘れてるじゃないか」
覚えている。
たぶん。
◇ ◇ ◇
「で、今回は?」
店主がベルクさんを見る。
「持ってきたんだろ?」
「ああ。五個ある」
ベルクさんが荷物から石鹸を取り出す。
セラさんが用意してくれた五個だ。
店主は一個を手に取って眺め、それから残りを見る。
「前と同じ物か?」
「同じだ」
「五個全部置いていくのか?」
「そのつもりだ。ただし、お前が欲しければな」
俺は黙って二人を見る。
ここからはベルクさんの商売だ。
この五個は、もうベルクさんが俺から買った物。
売れればベルクさんの利益になるし、売れなければベルクさんの損になる。
「五個か……」
店主は少し考えた。
「多くはないな」
「前回二個扱ってるからな」
「そうだな。じゃあ、置いていけ」
よし。
心の中で小さく拳を握る。
「ただし」
来た。
「前と同じ売り方なら、急には売れんと思うぞ」
「説明が必要だから?」
俺が聞くと、店主が頷いた。
「それもある。知らない物に金を出す客は、そこまで多くない」
「じゃあ、どうしたらいいですか?」
「それを俺に聞くのか?」
「売るのは店主さんなので」
「こいつ、意外と図太いな」
店主がベルクさんを見る。
「そうだろ?」
「なんでベルクさんが得意そうなんですか」
二人が笑う。
◇ ◇ ◇
「まあ、今回は五個だ」
店主が石鹸を棚の端に置く。
「前に気にしてた客もいるし、しばらく置いてみる。売れ方を見れば、前よりは分かるだろ」
「次にベルクさんが来るまで?」
「残ってればな」
「全部売れてたら?」
「そのときは、そのときだ」
結局、今すぐ答えが出るわけじゃないらしい。
でも前回とは違う。
三個だけ持ってきて、売れた。
今回は五個。
しかも、前に使った人がいる状態から始まる。
「レイン」
「はい?」
「そんなに棚を見ても、今すぐ売れないぞ」
「分かってます」
「じゃあ行くぞ。まだ荷物がある」
「もう?」
「俺は石鹸だけ売りに来たんじゃない」
そうだった。
俺にとっては一番気になる商品でも、ベルクさんにとっては荷物の一つにすぎない。
店を出る前に、もう一度だけ棚を見る。
五個の石鹸が並んでいる。
売れるかどうかは、まだ分からない。
でも今度は、俺自身がこの店を見た。
店主とも話した。
それだけでも、リーネで結果を聞いていたときとは全然違う。
「次来たとき、何個残ってるかな」
「全部残ってるかもしれんぞ」
「縁起でもないこと言わないでください」
ベルクさんが笑いながら扉を開ける。
俺も店を出た。
エルダでの石鹸の二回目の試験が、ようやく始まった。




