同じ町でも、全然違う
宿に荷物を置いたあと、俺はベルクさんと一緒に町へ出た。
さっきは宿を探すので精一杯だったけど、今度はちゃんと町を見ることができる。大通りには相変わらず人が多く、荷車が通るたびに歩いている人たちが道の端へ寄っていた。
「ベルクさん、どこ行くんですか?」
「まず知り合いのところに顔を出す」
「石鹸の店?」
「その前に二軒ほどな」
「じゃあ俺も見てていい?」
「そのためについてきたんだろ」
確かに。
俺はベルクさんの隣を歩きながら、辺りを見回した。
建物そのものはリーネと大きく違わない。それでも一階を店にしている建物が多く、宿や食堂も目につく。
やっぱり旅人が多い町なんだろう。
「お」
通りの先で、串に刺した肉を焼いている。
「食ったばかりだぞ」
「見てただけです」
「財布に手をやりながら?」
俺はそっと手を離した。
危ない。
旅先というだけで財布の紐が緩くなるところだった。
◇ ◇ ◇
一軒目は、布や衣類を扱っている店だった。
「ベルクじゃないか」
「久しぶりだな」
店主らしい男とベルクさんが握手する。
俺は横で黙って話を聞いていた。
「今回は何持ってきた?」
「リーネの細工物が少しと、東から仕入れた乾物。布はない」
「そうか。西から商隊が来てるから、今は布が多いぞ」
「安いか?」
「物によるな。安いのもあるが、いい物はそこまで下がってない」
ベルクさんは並んでいる布を何枚か見たけど、買わなかった。
店を出てから聞いてみる。
「買わないんですか?」
「何を?」
「布。多いなら安くなってるんじゃ?」
「今の話聞いてたか?」
「物によるって」
「それに、安いから買うんじゃない。売れると思ったら買うんだ」
「……はい」
耳が痛い。
安い。
今だけ。
限定。
前世の俺を何度も殺した言葉たちだ。
この世界に「限定」があるかは知らないけど。
◇ ◇ ◇
二軒目は、小さな食料品店だった。
ここでもベルクさんは店主と話し、持ってきた乾物の一部を見せている。
値段を聞かれ、少し交渉して、その場でいくつか売れた。
「もう売るんですね」
店を出てから聞くと、ベルクさんが首を傾げた。
「売るために持ってきたんだぞ」
「いや、エルダに着いたら市場とかでまとめて売るのかと思ってた」
「物による。知ってる店が欲しがるなら、その場で売ることもある」
「店を回りながら?」
「ああ」
俺の中では、行商人というと町から町へ商品を運んで、市場に並べて売るイメージが強かった。
でもベルクさんは違う。
知っている店に顔を出し、必要な物を聞き、合えば売る。ついでに他の町の話も聞いている。
人と人の間を、商品と情報を持って移動している。
「ベルクさんって、知り合い多いですね」
「長くやってるからな」
「俺も他の町に知り合い作った方がいいのかな」
「まず一人作ってから考えろ」
「まだゼロでした」
「今日増えるかもしれんぞ」
そう言って、ベルクさんが先へ歩いていく。
俺も慌てて追いかけた。
◇ ◇ ◇
大通りを外れると、少し雰囲気が変わった。
人は減ったけど、店はまだ多い。
道具屋。
靴を扱う店。
桶や籠を並べている店。
リーネにも似たような店はある。でも、置いてある物をよく見ると少し違った。
「あれ、何ですか?」
店先に並んだ、小さな金具を指す。
「馬具の部品だろ」
「リーネだとあんなに並んでないですよね」
「エルダは旅人も馬車も多いからな」
「ああ」
必要とされる物が違う。
昨日ラドでも感じたことだ。
小さな村では、選べるほど店がなかった。
エルダでは逆に、旅人向けの物を扱う店が目立つ。
「町が変わると、店も変わるんだな」
「当たり前だろ」
「知ってるのと見るのは違うんですよ」
「三日前にも聞いたな、それ」
「大事なことなので」
ベルクさんが笑う。
◇ ◇ ◇
途中、小さな市場にも寄った。
リーネより広い。
ただ、人が多いせいで歩きやすいとは言えなかった。
野菜や肉は見慣れた物が多いけど、値段は少し違う。リーネより高い物もあれば、逆に安い物もある。
「これ、リーネより安い」
「西側で多く作ってるからな」
「じゃあ買ってリーネに持って帰れば――」
「腐るぞ」
「あ」
野菜だった。
「安い物を見つけるたびに運ぼうとするな」
「まだ運んでないです」
「顔が運んでた」
「顔で馬車動かせるなら楽なんですけどね」
「そのうち荷物まで増やしそうだな」
否定できない。
でも面白い。
同じ物なのに、町が変わるだけで値段が違う。
前にハンスさんから教えてもらったことが、目の前に並んでいる。
頭で分かっていたものが、ようやく実物になった感じがした。
◇ ◇ ◇
「次で最後だ」
市場を抜けたところで、ベルクさんが言った。
「宿に戻る?」
「その前に、お前が一番来たかったところだ」
「……石鹸?」
「ああ」
自然と足が速くなった。
「走るな」
「走ってません」
「速くなった」
「気のせいです」
ベルクさんについて通りを曲がる。
少し先に、一軒の雑貨屋が見えた。
「あそこだ」
前回、ベルクさんが石鹸を持ち込んだ店。
最初の一個を店主自身が試して、そのあともう一個を客へ売ってくれた場所だ。
三個全部売れた。
でも、それで需要があると決まったわけじゃない。
今回は五個。
そして今度は、俺自身がいる。
「緊張してるか?」
「ちょっと」
「お前が売るわけじゃないぞ」
「分かってます」
それでも気になる。
俺が思いついて、セラさんが作って、ハンスさんの店から始まった石鹸。
それが別の町でどう見られているのか。
ようやく、自分の耳で聞ける。
「行くぞ」
「はい」
ベルクさんが雑貨屋の扉を開けた。
俺もそのあとに続いた。




