明日、リーネを出る
エルダへ行けることが決まった翌朝。
俺の部屋の床には、持っていく物が並んでいた。着替え、外套、替えの靴下、何枚かの布、水筒、石鹸、それからセラさんに用意してもらった最低限の薬。
財布も二つに分けた。普段使う分とは別に、予備の金は荷物の奥へしまってある。
「……こんなもんかな」
昨日までなら自信がなかったけど、今日はベルクさんに全部見てもらう予定だ。足りなければ足せばいいし、多ければ置いていけばいい。
荷物をまとめていると、母さんが部屋を覗いた。
「準備できた?」
「たぶん」
「たぶん?」
「ベルクさんに確認してもらうから」
「ならいいけど。服、ちゃんと入れた?」
「入れた」
「外套は?」
「ある」
「薬は?」
「ある」
「お金は?」
「ある」
「本当に?」
「母さん、さっきから俺の荷物見てるよね?」
「だって心配なんだもの」
そう言われると何も返せない。
母さんは床の荷物をもう一度確認してから、少しだけ笑った。
「忘れ物くらいならいいけど、無茶だけはしないでね」
「分かってる」
「ならいいわ」
たぶん明日の朝にも、同じことを言われる気がする。
◇ ◇ ◇
最初に向かったのはセラさんのところだった。
「ちょうどできてるよ」
店の奥から、小さく包まれた石鹸が五個出てくる。
「ありがとうございます。間に合ったんですね」
「五個だけだからね。これが毎回十個、二十個増えるって話なら別だけど」
「そこはまだ考えてないです」
「ならいい」
今回の五個は、あくまでエルダで二回目の反応を見るためのものだ。
継続して持っていくことになれば、セラさんの作る量や代金についても改めて考える必要がある。
「これ、そのままベルクに渡すの?」
「はい。前と同じで、ベルクさんが五個まとめて買う予定です」
「じゃあ私の分は?」
「あ」
忘れていたわけじゃない。
……いや、ちょっと忘れてた。
今回は普段の二十個とは別に作ってもらった五個だ。材料も手間も増えている。
「いくらですか?」
「前に話した通りでいいよ」
セラさんから金額を聞き、その場で支払う。
こういうところを曖昧にすると、あとで絶対に面倒になる。
「よし。これであんたの物だ」
「ありがとうございます」
「売れるといいね」
「まだベルクさんに売るだけですけどね」
「その先の話さ」
セラさんはそう言ってから、少しだけ真面目な顔になった。
「それと、薬を持ってるからって無茶するんじゃないよ」
「母さんにも言われました」
「なら二人分覚えときな」
「はい」
今日は何回言われるんだろう。
◇ ◇ ◇
次はダリオさんの工房へ向かった。
「おう、来たな」
「カバン、取りに来ました」
「聞いてるよ。明日出るんだって?」
「はい」
「初めての遠出か?」
「別の町まで行くのは初めてです」
「そりゃ楽しみだな」
ダリオさんが奥から改良したカバンを持ってくる。
前にも一度見ているけど、肩紐は最初の物より少し幅が広い。底も全体を厚くしたわけではなく、ベルクさんのカバンが特に擦れていた角や周辺を中心に革が足されている。
「今回見てほしいのはここだ」
ダリオさんが底を指で叩く。
「前よりどれくらい持つか。それと、肩だな」
「雨は今回はそのまま?」
「ああ。そこまでやると値段も上がるし、まずは優先した二つからだ」
「分かりました」
「お前が使うわけじゃないけどな」
「ベルクさんにちゃんと伝えます」
改良版を受け取り、そのままハンスさんの店へ向かった。
◇ ◇ ◇
「多い」
俺の荷物を見たベルクさんの第一声だった。
「え?」
「布が多い。二枚減らせ」
「でも、色々使えるって」
「使えるが、そんなにいらん」
「はい」
「着替えも一組減らしていい。途中で洗える」
「汚れたら?」
「そのために布がある」
「減らした布を使いたいんですけど」
「全部持っていこうとするな」
難しい。
必要そうな物を集めたら、今度は減らせと言われる。
ベルクさんは俺の荷物を一つずつ確認し、必要な物とそうでない物を分けていった。
「薬はこれでいい。水筒もあるな。金は?」
「二つに分けました」
「片方は?」
「荷物の奥です」
「それでいい。普段使う方に全部入れるなよ」
「はい」
トーマの案がそのまま通った。
「で、こっちが石鹸か?」
「五個あります」
「よし」
ベルクさんが一個ずつ確認し、その場で五個分の15リルを俺に渡した。
これで石鹸はベルクさんの物だ。
「カバンも持ってきました」
「見せてくれ」
改良された部分を説明すると、ベルクさんは肩紐を触り、底を裏返して確認した。
「確かに前よりしっかりしてるな」
「今回はそれでエルダまでお願いします」
「ああ。荷を入れて使ってみる」
ベルクさんは自分の荷物の一部を新しいカバンへ移し始めた。
石鹸もある。
カバンもある。
俺の荷物も確認してもらった。
いよいよ明日だ。
◇ ◇ ◇
帰る前に、トーマの宿へ寄った。
食堂に入ると、トーマは奥の卓を拭いているところだった。
「お」
「明日行くことになった」
「ほんとに?」
「うん。親の許可も出た」
「いいな」
トーマが手を止める。
「荷物は?」
「ベルクさんに半分くらい減らされた」
「半分は言いすぎだろ」
「気分的には半分」
「俺と母ちゃんが考えたやつは?」
「結構残ったよ。金を分けるのもそのまま」
「だろ?」
少し得意そうだ。
「エルダ着いたら何見るの?」
「まず石鹸売った店かな。あとは市場とか、宿とか」
「宿も?」
「お前が気にするかと思って」
「じゃあ見てきて」
「何を?」
「部屋の値段とか、飯とか。荷物どうしてるかも」
「細かいな」
「リーネと違うか気になるじゃん」
なるほど。
俺一人だったら、商品の値段ばかり見ていたかもしれない。
「分かった。覚えてたら見てくる」
「忘れんなよ」
「努力します」
「あと土産」
「そっちは覚えてるよ」
「安いやつ?」
「もちろん」
「そこも忘れていいぞ」
俺たちは笑った。
明日の朝、俺はリーネを出る。
十三年間暮らしてきた町を離れて、初めて別の町へ行く。
不安がないわけじゃない。
でも今は、それより楽しみの方がずっと大きかった。




