これで、行ってもいい?
トーマに旅の持ち物を聞いた日の午後、俺はもう一度ハンスさんの店へ向かった。
ベルクさんには、父さんと母さんが直接話を聞きたがっていることを伝えるためだ。三日後だった出発予定も、もう二日後に迫っている。
店に入ると、ちょうどベルクさんが荷物を整理していた。
「ベルクさん」
「おう。親とは話したか?」
「話しました。ただ、一回ベルクさんと直接話したいって」
「まあ、そうなるだろうな」
ベルクさんは特に嫌そうな顔もしなかった。
「今日でもいいぞ」
「本当ですか?」
「ああ。出発直前に揉めるより早い方がいい」
その日の夕方、ベルクさんが家へ来ることになった。
◇ ◇ ◇
「初めまして、ではないか」
仕事を終えた父さんがベルクさんを見る。
「前に一度、店で顔を見てるな」
「そうだったな。改めて、ベルクだ」
「ガルドだ。こっちは妻のエレナ」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
俺も同じ卓につき、四人で話すことになった。
なんだか俺の面接みたいだ。
「まず聞きたいんだが」
父さんが口を開く。
「今回、何日くらいの予定なんだ?」
「順調なら、エルダまで三日。向こうには二日ほどいるつもりだ。帰りも三日と見て、八日くらいだな」
「予定が延びることは?」
「ある」
ベルクさんは迷わず答えた。
「雨で道が悪くなれば進めないこともあるし、馬車に問題が出ることもある。今回は寄り道するつもりはないが、八日で必ず帰れるとは約束できん」
母さんの表情が少し曇った。
「十日くらいになる可能性もありますか?」
「あると思ってもらった方がいい」
「もっと長くなることも?」
「何かあればな。ただ、そうならないように動く」
変に安心させるためのことを言わない。
たぶん、こういうところも父さんは見ているんだろう。
「道中は?」
「一日目は西へ進んで、途中の村で一泊する予定だ。二日目も街道沿いの宿を使う。三日目にはエルダへ入る」
「野宿は?」
「予定にはない。ただし宿まで着けなければ、する可能性はある」
「あるんだ……」
思わず声が出た。
「お前、そこも知らなかったのか」
父さんに見られる。
「一応、可能性としては考えてた」
「今初めて聞いた顔だったぞ」
「可能性の大きさを知らなかっただけ」
ベルクさんが笑った。
「まあ、普通なら宿まで着く。心配するほどじゃない」
「でも、準備はいる?」
「当然だ」
トーマに聞いておいてよかった。
◇ ◇ ◇
話は食事や荷物、道中の過ごし方へ移った。
食事はベルクさん側でも保存の利く物を積む。水も途中で補給できる場所を把握しているため、俺が八日分すべて背負う必要はないらしい。
むしろ勝手に大量の荷物を持ってこられる方が困ると言われた。
「必要な物を考えてたんですけど」
「何を持っていくつもりだ?」
俺はトーマと作った紙を取り出した。
着替え、外套、替えの靴下、布、水筒、分けて持つ金、それから薬や石鹸。
ベルクさんが一通り目を通す。
「悪くない」
「ほんとですか?」
「誰かに聞いたな?」
「トーマに」
「ああ、宿屋の息子か」
「なんで知ってるんですか?」
「前に泊まったことがある」
世間が狭い。
「これに食器と、火を扱うなら火口も――いや、火は俺が持つ。寝るときに使う毛布もこっちに積める」
「じゃあ、俺はこのくらいで?」
「あとはセラに最低限の薬を聞いておけ。荷物は明日、一度俺に見せろ。多すぎたら置いていってもらう」
「はい」
少しずつ、本当に旅へ行く準備になってきた。
◇ ◇ ◇
「最後に一つ」
今度は母さんがベルクさんを見る。
「レインは、あなたの仕事の邪魔になりませんか?」
「母さん」
「大事なことでしょ?」
「……はい」
ベルクさんは俺を一度見てから、少し考えた。
「邪魔になる可能性はある」
そこ正直に言うんだ。
「ただ、俺の言うことを聞くなら連れていける。勝手にどこかへ行かない。出発すると言ったら出発する。商談中に余計な口を挟まない。疲れたから予定を変えてくれ、もなしだ」
「レイン、できる?」
「できる」
「本当に?」
「そこは信用してよ」
前世も合わせれば三十年以上生きている。
……とは言えないけど。
「俺からも条件がある」
父さんが言った。
「何?」
「ベルクの言うことを聞け。町の外で勝手な行動をするな。体調がおかしかったら隠さず言え」
「分かった」
「それから、商売に夢中になって危ない場所へ行くな」
「そんなことしないよ」
父さんと母さんが同時に俺を見る。
「……たぶん」
「そこは言い切れ」
「しません」
ベルクさんが横で笑っている。
◇ ◇ ◇
それから父さんと母さんは、もう少し細かいことをベルクさんに確認した。
どの道を使うのか。エルダではどこに泊まるのか。何かあったときはどうするのか。
全部聞き終わったころには、外はすっかり暗くなっていた。
「ガルド」
母さんが父さんを見る。
「ああ」
二人が頷く。
俺は自然と背筋を伸ばした。
「レイン」
「はい」
「行ってこい」
一瞬、返事が遅れた。
「……いいの?」
「そのためにここまで話したんだろ」
「やった!」
「ただし」
「分かってる。ベルクさんの言うことを聞く。勝手に動かない。体調悪かったら言う。商売に夢中になって危ないことしない」
「よし」
母さんはまだ少し心配そうだったけど、最後には笑った。
「帰ってきたら、ちゃんと話を聞かせてね」
「うん」
決まった。
十三歳。
初めて、リーネの外の町へ行く。
目的地はエルダ。
出発まで、あと二日。
急に実感が湧いてきた。
「ベルクさん」
「何だ?」
「楽しみになってきました」
「その前に荷造りだ」
「……はい」
そうだった。
旅は、行くと決まっただけじゃ始まらないらしい。




