旅って、何持っていけばいい?
翌朝、俺は昨日作った紙を持ってトーマの家へ向かった。
まだエルダへ行けると決まったわけじゃない。でも、父さんからは必要な物を自分で考えろと言われているし、準備について調べておいて損はない。
宿に着くと、トーマは入口の前で布を叩いていた。
「おはよう」
「おう。珍しいな、こんな時間に」
「ちょっと聞きたいことがあって」
「何?」
「旅って、何持っていけばいい?」
トーマの手が止まった。
「どこ行くの?」
「まだ行けるか分かんないけど、エルダ」
「エルダ?」
思ったより大きな声が返ってきた。
「ベルクさんって行商人が三日後に行くんだよ。一緒に行けないかなって」
「三日後って、急だな」
「俺も昨日知った」
「それで、何日?」
「まだ分かんない」
「泊まるところは?」
「それもベルクさんに確認する」
「道中の飯は?」
「……確認する」
トーマが俺を見る。
「何?」
「何も決まってないじゃん」
「だから聞きに来たんだよ」
「俺、エルダ行ったことないぞ」
「知ってる。でも旅人の荷物は見てるだろ?」
「ああ、それならまあ」
トーマは持っていた布を置くと、宿の中へ入った。
「母ちゃんにも聞いた方がいい」
「助かる」
◇ ◇ ◇
食堂の端の席に座り、俺は昨日書いた紙を広げた。
「着替え、水、食べ物、金、カバン」
トーマが読み上げる。
「少なくない?」
「やっぱり?」
「たぶん」
「たぶんなの?」
「俺だって旅したことないって言っただろ」
それはそうだ。
トーマは少し考えてから、指を折り始めた。
「旅人がよく持ってるのは、外套だろ。雨降ったり、夜寒かったりするから。あと替えの靴下とか布」
「布?」
「何にでも使うって。荷物包んだり、汚れ拭いたり」
「なるほど」
「水筒は?」
「水って書いた」
「水を手で持っていくのか?」
「そこまで馬鹿じゃない」
「じゃあ水筒って書けよ」
俺は紙に書き足した。
こういうところがトーマは細かい。
「食べ物も、何持ってくかベルクさんに聞いた方がいいな。途中で村に寄るなら全部持ってく必要ないだろうし」
「そうなんだよね」
「あと金も分けた方がいいんじゃない?」
「分ける?」
「旅人でたまにいる。財布一個じゃなくて、普段使う分と、奥にしまっとく分」
俺は顔を上げた。
「それいいな」
「全部落としたら困るだろ」
「採用」
「何の採用だよ」
紙に書き足す。
外套。
替えの靴下。
布。
水筒。
金は分ける。
昨日よりだいぶ旅らしくなってきた。
◇ ◇ ◇
「あら、レイン君」
トーマのお母さんが食堂へ入ってきた。
「おはようございます」
「二人で何してるの?」
「レインがエルダ行くんだって」
「まだ決まってない」
「エルダ?」
やっぱり同じ反応をされた。
事情を説明すると、トーマのお母さんは俺たちの紙を覗き込んだ。
「ベルクさんと一緒なら、馬車なのね?」
「はい」
「だったら荷物はベルクさんと相談した方がいいわ。馬車だからって何でも積めるわけじゃないでしょうし」
「ですよね」
「それと、旅人を見てると靴は大事よ」
「靴?」
「何日も歩いてきた人は、足を痛めてることがあるの。馬車でもずっと乗っていられるとは限らないでしょう?」
なるほど。
靴なんて普段履いている物でいいと思っていた。
「新しい靴を買った方がいいですか?」
「逆よ。履き慣れた物の方がいいわ」
「ああ」
危なかった。
旅だからって新しい物を買うところだった。
……いや、別に買おうとはしてないけど。
「あと、雨で濡れたとき用に替えの布や服があるといいわね。全部濡らさないように、分けて包んでおく人もいるわ」
「そこまで見てるんですね」
「宿をやってるとね」
トーマのお母さんは笑った。
「でも一番大事なのは、ベルクさんの邪魔をしないことじゃない?」
「はい」
「旅慣れた人と一緒なら、自分で勝手に判断するより聞いた方がいいわ。特に町の外ではね」
セラさんにも似たことを言われた。
知らない場所で、自分だけで何とかしようとしない。
それも準備の一つなんだろう。
◇ ◇ ◇
「他には?」
母親が仕事へ戻ったあと、トーマが紙を見る。
「薬かな」
「セラさんに聞こうと思ってる」
「じゃあそれも書いとけよ」
「はいはい」
「あと石鹸」
「石鹸?」
「何日も出るんだろ?」
「……いる?」
「宿に泊まる旅人で持ってる人いるぞ」
自分で売っているくせに、完全に忘れていた。
「持っていくか」
「お前が作ったやつだろ」
「今は俺が作ってないけどね」
「そうなの?」
「セラさんが作ってる」
「じゃあ買うの?」
「……そうなるな」
自分の商品を、自分で買う。
なんとも言えない。
「一個くらい貰えば?」
「それは駄目だろ」
「なんで?」
「商品だから」
「そこはちゃんとしてるんだな」
「そこはって何だよ」
トーマが笑う。
俺も紙を見ながら笑った。
最初は五つしかなかった項目が、いつの間にか倍以上になっている。
「旅って、面倒だな」
「まだ行ってもないのに?」
「準備だけでこれだぞ」
「じゃあやめる?」
「それはやだ」
即答すると、トーマが少し笑った。
「楽しみなんじゃん」
「まあね」
「いいな。俺も他の町、一回くらい見てみたい」
「トーマも来る?」
「三日後に宿ほったらかして?」
「無理か」
「母ちゃんに聞いたら、たぶん先に仕事の予定聞かれる」
俺と同じだ。
十三歳だからといって、好きなときに好きな場所へ行けるわけじゃない。
でも、トーマも外の町には興味があるらしい。
「行けたら、帰ってきたら話すよ」
「店とか宿とか見てこいよ」
「もちろん」
「飯も」
「それも見る」
「値段も覚えてこい」
「なんで俺より乗り気なの?」
「俺は行けないから」
なるほど。
トーマはもう一度紙を見て、足りない物がないか確認する。
俺はその横で、増えた項目を眺めた。
一人で考えていたら、半分も思いつかなかった。
「トーマ」
「何?」
「ありがと」
「別にいいけど」
「帰ってきたら何か土産買ってくる」
「ほんと?」
「安いやつな」
「そこはケチるのかよ」
当たり前だ。
旅に行く前から浪費する気はない。




