行きたいだけじゃ、駄目?
父さんと母さんを前にして、俺はエルダへ行きたい理由をもう一度説明した。
ベルクさんが三日後にエルダへ向かうこと。前に持っていった石鹸が三個とも売れて、今回は五個を持っていくこと。改良したカバンも、実際の旅で試してもらう予定になっていること。
そして何より、俺自身がリーネ以外の町を見てみたいこと。
「なるほどな」
全部聞き終えた父さんが、腕を組んだ。
「それで、何日で帰ってくる?」
「まだ分からない」
「泊まる場所は?」
「たぶん途中の村とか宿とか……」
「たぶん?」
「ベルクさんに聞いてない」
「食事は?」
「それも……」
「持っていく物は?」
「まだ何も」
父さんが母さんを見る。
母さんも父さんを見る。
まずい。
「行きたいって言うから、もう少し考えてるのかと思ったわ」
「いや、今日思いついたから」
「今日?」
「ベルクさんがエルダに行くって聞いたのも今日だし」
母さんが小さく息を吐いた。
「レイン。行ってみたいって思うこと自体は、悪いことじゃないのよ」
「うん」
「でも、町の外へ何日も出るなら、それだけじゃ駄目」
「……はい」
これは反論できない。
前世なら旅行に行こうと思えば、宿を予約して、電車なり車なりで移動できた。途中で何か足りなくなっても、大抵の物は買えた。
ここではそうじゃない。
馬車で片道三日。
それだけでも、俺にとっては初めてだ。
「ベルクは何て言ってる?」
父さんに聞かれた。
「父さんと母さんの許可をもらってこいって。それでも、無理だと思ったら断るって言ってた」
「そこはまともだな」
「ベルクさん、まともだよ」
「商人だからな。利益が絡むとどうかは知らん」
「父さんも家具売ってるじゃん」
「俺はまともだ」
「自分で言う?」
母さんが少し笑った。
空気がほんの少しだけ軽くなる。
◇ ◇ ◇
「俺は、反対じゃない」
少し考えてから、父さんが言った。
「本当?」
「最後まで聞け」
「はい」
「お前も十三歳だ。ずっとリーネの中にいろとは思わんし、外を見るのも悪くない。商売を続けるなら、なおさらな」
思っていたより前向きだった。
ただ、母さんはまだ黙っている。
「でも、何も知らんまま行かせる気もない。ベルクと一度話す」
「ベルクさんと?」
「当たり前だろ。何日くらいの予定で、どの道を通って、どこで泊まるつもりなのか。お前を連れていって仕事の邪魔にならないのかも聞く」
「それはベルクさんも気にしてた」
「なら話は早い」
父さんはそう言ってから、母さんを見た。
「エレナは?」
「……心配よ」
母さんはすぐに答えた。
「町の中なら何かあっても帰ってこられるけど、三日も離れた場所でしょう?」
「うん」
「怪我とか病気とか、道中で何があるかも分からないし」
セラさんにも同じようなことを言われた。
外では何かあっても、すぐに助けてもらえるとは限らない。
「でも」
母さんが続ける。
「だからって、ずっと行かせないのも違うと思う」
「母さん……」
「まだ許可したわけじゃないわよ」
「はい」
危ない。
もう喜びかけた。
「まずベルクさんと話す。それから決めましょう」
「分かった」
◇ ◇ ◇
「あと、お前も準備しろ」
父さんが言った。
「準備?」
「ベルクに全部任せる気か?」
「いや……」
そこまで考えてなかった。
「何日か町の外に出るなら、何が必要か自分で考えろ。分からないなら、知ってるやつに聞け」
「ベルクさん?」
「それでもいい。他にもいるだろ」
町の外を知っている人。
ハンスさんも多少は知っているだろうし、セラさんなら薬のことも聞ける。
それから――。
「あ」
「何?」
母さんが首を傾げる。
「いや、一人いた」
毎日のように旅人を見ているやつが。
◇ ◇ ◇
夕食を食べたあと、俺は自分の部屋へ戻った。
机の上に紙を置き、必要そうな物を書いてみる。
着替え。
水。
食べ物。
金。
カバン。
「…………」
止まった。
これだけでいいのか?
絶対に何か足りない気がする。
そもそも水や食べ物を何日分持つのかも分からない。全部持っていけば重いし、途中で買えるならその方がいい。
考えれば考えるほど、分からないことが増えていく。
「よし」
明日、トーマに聞こう。
あいつ自身が長旅をしたことはなくても、宿で旅人の荷物を毎日見ている。俺よりは絶対に詳しい。
紙を畳みかけて、ふと手を止めた。
父さんと母さんの許可は、まだ出ていない。
ベルクさんにも、まだ認めてもらっていない。
なのに俺はもう、何を持っていくか考えている。
「……行く気満々だな、俺」
まあ、準備するだけならタダだ。
たぶん。




