俺も、行ってみたい
エルダへ行ってみたい。
一度そう思ってしまうと、なかなか頭から離れなかった。ベルクさんから話を聞くだけでも面白かったけど、自分の目で別の町を見られるなら、その方がいいに決まっている。
問題は、行きたいから行けるような距離じゃないことだ。
「ベルクさん」
「ん?」
「エルダまで、三日くらいでしたよね?」
「順調ならな。雨で道が悪けりゃ四日かかることもある」
「帰りも?」
「当たり前だ」
往復だけで六日。
向こうで何日過ごすか分からないし、途中で予定が変わることもある。ベルクさんは前回、エルダのあとに別の仕事を入れて帰りが遅くなった。
「今回も、帰りにどこか寄るんですか?」
「今のところは直接戻るつもりだ。ただ、商売だからな。途中で話が入れば予定が変わることはある」
「ですよね」
旅行じゃない。
ベルクさんは仕事で行くんだ。
そこへ十三歳の俺が「面白そうだから連れてってください」と言っても、邪魔になる可能性がある。
「さっきから何だ?」
ベルクさんが俺を見る。
「エルダのことばっかり聞いて」
「いや……」
言うか。
まだ何も決めてない。
父さんと母さんにも話してない。
そもそもベルクさんが連れていってくれるかも分からない。
でも、聞かなきゃ始まらないか。
「俺も行ってみたいんですけど」
「エルダに?」
「はい」
ベルクさんの顔から笑いが消えた。
◇ ◇ ◇
「遊びに行くわけじゃないぞ」
「分かってます」
「朝早く出る日もある。飯も宿も、いつも都合よく見つかるとは限らん。馬車に乗ってるだけでも結構疲れる」
「はい」
「それに俺は、お前のために予定を変えられん」
「それも分かってます」
ベルクさんは少し黙った。
隣で聞いていたハンスさんも口を挟まない。
「何しに行きたい?」
「見てみたいんです」
「何を?」
「エルダを」
「だから、何をだ」
そこまで聞かれて、少し困った。
店。
商品。
値段。
旅人。
石鹸が売れた雑貨屋。
たぶん、全部だ。
「リーネと何が違うのか見たいです。前に石鹸を売ってもらった店も見たいし、どんな人が買うのかも知りたい。それに……」
「それに?」
「俺、リーネ以外の町を知らないので」
ベルクさんが少しだけ眉を上げた。
「十三年間、一度も?」
「近くに出たことはありますけど、別の町には行ったことないです」
「なるほどな」
ベルクさんは腕を組んだ。
「連れていくこと自体は、不可能じゃない」
「本当ですか?」
「まだ喜ぶな」
早かった。
「まず親だ」
「あ」
「十三歳の息子を、一週間以上町の外へ連れていくんだぞ。俺が勝手に決められる話じゃない」
「ですよね」
「それと、親がいいと言っても俺が無理だと思ったら断る」
「何でですか?」
「お前を無事に連れて帰る責任が増えるからだ」
当たり前だった。
俺一人が「行きたい」で済む話じゃない。
ベルクさんは商品を運びながら、自分の仕事をする。その上で俺の面倒まで見ることになる。
「すみません」
「謝るな。行きたいって言うのは自由だ」
ベルクさんが少し笑った。
「ただ、外へ出るならそのくらいは考えろ」
「はい」
「親に話してこい。それからだ」
◇ ◇ ◇
店を出たあと、俺はセラさんのところへ寄った。
三日後にベルクさんがエルダへ向かうことを伝え、石鹸を五個追加で用意できるか確認する。
「三日後ね」
セラさんは少し考えてから頷いた。
「前に聞いてた分なら大丈夫。五個でいいんだね?」
「はい。それ以上はいらないです」
「分かった。間に合わせるよ」
「ありがとうございます」
「それで?」
「はい?」
「何か他にある顔してるけど」
そんなに分かりやすいだろうか。
「俺もエルダに行けないかなって」
「へえ」
セラさんが意外そうに俺を見る。
「ベルクさんと?」
「はい。まだ父さんと母さんには話してないですけど」
「そりゃ先に話しな」
「ですよね」
「あと、外は町の中とは違うからね」
セラさんの声が少し真面目になる。
「怪我したって、すぐ医者に診てもらえるとは限らない。腹を壊しても薬が手に入るとは限らない。行くならベルクの言うことをちゃんと聞くんだよ」
「まだ行けるって決まってないですよ」
「行けたときの話さ」
そう言って、セラさんは笑った。
少しだけ背中を押された気がした。
◇ ◇ ◇
夕方。
家に帰ると、母さんが夕食の準備をしていた。父さんも仕事を終えたところらしく、手を洗っている。
話すなら今か。
「父さん、母さん」
「ん?」
「どうしたの?」
「ちょっと話があるんだけど」
父さんが手を拭きながらこちらを見る。
「珍しいな。金か?」
「なんで最初にそれなの?」
「お前が改まって話すとき、大体商売だろ」
「今日は違う」
たぶん。
いや、石鹸の様子も見たいから完全には違わないけど。
「ベルクさん、三日後にエルダへ行くらしいんだ」
「ああ」
父さんはベルクさんを知っている。
俺が石鹸とカバンを預けたことも話してある。
「それでさ」
俺は一度、母さんの方も見た。
「俺も一緒に行ってみたい」
二人とも、すぐには答えなかった。
母さんが料理の手を止める。
「エルダって……馬車で三日くらいかかるところよね?」
「うん」
「帰ってくるまで何日?」
「まだ正確には分からない。向こうにどれくらいいるかもあるし」
「レイン」
「はい」
「座りなさい」
母さんが椅子を指した。
怒っているわけじゃない。
でも、これはすぐに「いいよ」と言ってもらえる話じゃなさそうだ。
俺は素直に椅子へ座った。
父さんも向かいに座る。
「じゃあ、ちゃんと聞こうか」
「うん」
行きたい。
それだけじゃ足りないらしい。
まあ、そりゃそうだ。
俺だって逆の立場なら、たぶん同じことを聞く。




