次は、エルダへ行くらしい
宿でトーマの手伝いをした翌日。
俺は特に予定もなく、家で父さんが家具を作っているのを眺めていた。昨日は「もっといろんな場所を見てみよう」なんて考えたけど、だからといって、今日すぐに行く場所が見つかるわけでもない。
さて、今日はどうしよう。
「レイン」
「ん?」
父さんが木を削る手を止めずに言った。
「さっきハンスが来たぞ」
「ハンスさんが?」
「ああ。お前がいたら店に寄ってくれってさ」
「何だろ」
「知らん。聞かなかった」
俺に用事があるなら、石鹸かカバンか。それとも何か別の話だろうか。
とりあえず暇だったので、俺はそのまま東市場へ向かった。
◇ ◇ ◇
「こんにちは」
「おう、来たか」
ハンスさんの店に入ると、店の奥に見覚えのある男がいた。
日に焼けた顔に、短い茶色の髪。少し伸びた無精ひげに、旅慣れた服装。
「久しぶりだな、レイン」
「ベルクさん」
「元気そうだな」
「ベルクさんも」
「まあな。今回はそこまで酷い道じゃなかった」
前に別れたとき、ベルクさんはエルダとは別の町や村を回ると言っていた。どうやら、その仕事を終えてリーネへ戻ってきたらしい。
「いつ戻ったんですか?」
「昨日だ。二、三日こっちで荷を整えたら、また出る」
「次はどこに?」
何気なく聞くと、ベルクさんは荷物の横に置いていた帳面を閉じた。
「エルダだ」
「あ」
思わず声が出た。
前に話していた次の試験。
石鹸を五個持っていくことと、改良したカバンを実際の旅で使ってもらうこと。
「じゃあ、石鹸とカバン」
「その話だ。それでハンスに、お前を呼んでもらった」
「忘れてなかったんですね」
「商売の話を忘れるほど歳は取ってない」
「まだ四十くらいですよね?」
「くらいを付けるな」
ベルクさんが笑う。
ハンスさんは呆れたように俺たちを見ていた。
「話を進めるぞ」
「はい」
◇ ◇ ◇
まずは石鹸だ。
前回エルダへ持っていった三個はすべて売れた。ただ、それだけでは継続して売れるか分からないため、次は五個を持っていくことになっている。
「セラさんには、出発が決まったら連絡するって話にしてあります」
「なら、明日にでも伝えてくれ。出発は三日後の予定だ」
「三日後……間に合うかな」
「前に必要な日数は確認したんだろ?」
「はい」
ベルクさんが次にエルダへ行くとき、その少し前に知らせてもらう。そこからセラさんに五個だけ追加で作ってもらう。
そのために、前もって必要な日数まで確認しておいた。
「じゃあ大丈夫だと思います。今日、セラさんに聞いてきます」
「頼む。前と同じ条件なら、五個とも俺が買う」
一個3リル。
五個だから15リルだ。
ベルクさんが買い取ったあとは、エルダでいくらで売るかも、売れなかったときの損もベルクさん持ちになる。
そこは前回と変わらない。
「ただし」
ベルクさんが指を一本立てた。
「今回売れたからって、次も同じ条件で続けるとは限らんぞ」
「分かってます」
「ならいい。数を増やすなら、俺の荷物にもなるからな」
小さくて軽い石鹸でも、数が増えれば話は変わる。
それにセラさん側の生産量もある。
今回はあくまで、もう一度試すための五個だ。
◇ ◇ ◇
「それで、カバンの方は?」
「ダリオのところにある」
ハンスさんが答えた。
「完成したあと、そのまま預けてある。ベルクが戻ったら渡す話だっただろ」
「あ、そうだった」
「お前が決めたんだろうが」
「覚えてますよ。確認です」
「今の間は忘れてた顔だったぞ」
何も言い返せない。
「カバンは何か変わったのか?」
ベルクさんが聞く。
「肩紐を少し広くして、底は前に擦れてたところを中心に補強してあります。雨対策は今回はしてません」
「値段を上げてまで欲しくないって言ったからな」
「そうです」
前回は空の状態で背負っただけだった。
今回は荷物を入れ、何日も移動してもらう。
肩がどれくらい楽になったのか。
補強した底がどれくらい持つのか。
そこを見てもらう予定だ。
「じゃあ今回、エルダまで使えばいいんだな?」
「お願いします」
「分かった。あとでダリオのところへ寄る」
話がまとまっていく。
三日後。
ベルクさんはまたリーネを出る。
今度の目的地はエルダ。
馬車なら三日ほど。道が悪ければ四日かかる町だ。
前にも聞いた話なのに、今日は妙にその距離が気になった。
「ベルクさん」
「ん?」
「エルダって、どんな町でしたっけ」
「リーネより少し大きい。旅人も多いな。宿も店も多いし、街道沿いだから荷も集まる」
「面白いですか?」
「何をもって面白いと言ってる?」
「……色々?」
「雑だな」
ベルクさんが笑った。
「初めて行くなら、見るものは多いんじゃないか。リーネとは売ってる物も値段も少し違う」
売っている物。
値段。
店。
宿。
そこに住んでいる人。
昨日まで俺は、リーネの中でもっといろんな場所を見てみようと思っていた。
でも、リーネの外にも町はある。
当たり前のことなのに、急にそのことが気になった。
「どうした?」
ハンスさんに聞かれ、俺は首を振った。
「いや、ちょっと考えてただけです」
三日後。
ベルクさんはエルダへ行く。
俺は十三年間、一度もリーネの外の町を見たことがない。
行商人から話を聞いたことはある。外から来た商品も見た。自分の作った物を、ベルクさんに持っていってもらったこともある。
でも、自分で見たことはない。
「…………」
エルダか。
ちょっと、行ってみたい。




