何か、新しいことしようかな
昨日あれだけ考えたけど、結局、俺が何になりたいのかは分からないままだった。
でも、何か一つの仕事に決めなくてもいいと思えたら、少しだけ頭が軽くなった。面白そうなことを見つけて、試して、上手くいけば続ける。
今まで通りだ。
問題は――。
「何しよう」
何も思いついていないことだった。
◇ ◇ ◇
翌日の昼。
俺は東市場を歩いていた。
石鹸を始めたころは、ここを歩くだけで色々なものが目に入った。油の値段を気にしたり、売っている袋を眺めたり、ハンスさんの店に何度も通ったり。
今ではすっかり見慣れている。
「何かないかな」
野菜。
肉。
布。
木製品。
陶器。
特に困っていない。
いや、俺が困っていないだけか。
昔の俺なら、自分が欲しいものを思いついて、それを作ろうとしていた。でも商売にするなら、欲しい人がいるかどうかの方が大事だ。
そこまでは学んだ。
だからといって、市場を一周すれば都合よく困っている人が見つかるわけでもない。
「難しいな」
「何が?」
「うわっ」
振り向くと、トーマがいた。
「いつからいたの?」
「今」
「昨日も似たようなことあったな」
「何してんの?」
「考え事」
「歩きながら?」
「そう」
「危ないぞ」
「市場だから大丈夫」
「荷車来るぞ」
振り向く。
本当に来ていた。
俺は慌てて道の端へ寄る。
「ほら」
「……ありがとう」
「何考えてたんだよ」
「新しいこと」
「昨日、やりたいこと増やすって言ってたやつ?」
「そう」
覚えてたのか。
「何か見つかった?」
「全然」
「じゃあ何で市場歩いてるの?」
「何かあるかなって」
「ないの?」
「ない」
「じゃあ帰れば?」
「早くない?」
まだ来てそんなに経ってない。
◇ ◇ ◇
「トーマは何してたの?」
「買い物」
トーマが持っている袋を持ち上げる。
「宿の?」
「そう。塩と、あと母ちゃんに頼まれたやつ」
「手伝い中じゃん」
「だからそろそろ帰る」
「俺も行っていい?」
「宿に?」
「暇だし」
「また?」
「その言い方やめて」
結局、トーマと一緒に南門の方へ歩くことになった。
途中で何度か店に寄り、トーマが必要なものを買っていく。
俺は横で見ているだけ。
「それ、いくらだった?」
「4リル」
「こっちの店は?」
「5リル」
「じゃあ最初の店で買った方が――」
「こっちは量が多い」
「あ、ほんとだ」
トーマが袋を持ち上げる。
「母ちゃんに言われた。値段だけ見んなって」
「いいこと言うね」
「レインも似たようなこと知ってるんじゃないの?」
「知ってるのと、毎回できるのは別」
「駄目じゃん」
「人間そんなもんだよ」
「十三歳が言うことじゃないだろ」
最近それをよく言われる。
気をつけよう。
◇ ◇ ◇
宿に着くと、昼の忙しい時間は過ぎていた。
「こんにちは」
「あら、レイン君。また来たの?」
「はい」
「最近よく一緒にいるね」
「暇なんだって」
「トーマ」
「本当じゃん」
トーマのお母さんに笑われた。
「買ってきたもの、どこ置く?」
「塩は奥。そっちは厨房にお願い」
「分かった」
トーマが荷物を運んでいく。
俺は邪魔にならないよう壁際に寄った。
食事を終えた客が二人。
奥の席では、旅人らしい男が一人で飲み物を飲んでいる。
入口の近くには大きな荷物が置かれていた。
相変わらず、いろんな人がいる。
「レイン」
「はい?」
「そこにある椅子、こっちに寄せてもらっていい?」
トーマのお母さんに頼まれた。
「これ?」
「そうそう」
椅子を持ち上げる。
そのまま指定された場所へ運ぶ。
「ありがとう」
「いえ」
それだけだった。
別に難しくもない。
でも、気づけばもう一つ頼まれた。
「悪いけど、そこの水差しもお願い」
「はい」
運ぶ。
「レイン」
今度はトーマだ。
「何?」
「これ持って」
「俺、遊びに来たんだけど」
「暇なんだろ?」
「暇だけどさ」
結局手伝った。
◇ ◇ ◇
「なんで俺まで働いてるんだろ」
しばらくして、俺とトーマは宿の裏口近くに座っていた。
「助かったぞ」
「給料は?」
「出ない」
「帰ろうかな」
「水飲む?」
「飲む」
トーマが持ってきた水を受け取る。
冷たくて美味い。
「宿って毎日こんな感じ?」
「今日は暇な方」
「これで?」
「昼はもっと忙しい日あるよ」
「大変だな」
「人が足りなきゃ俺もやるし」
トーマにとっては当たり前なんだろう。
客が来れば席を作る。
荷物が来れば置き場所を決める。
食事が終われば片づける。
足りないものがあれば市場へ買いに行く。
昨日聞いた話より、実際に横で見ている方がよく分かる。
「何?」
トーマが俺を見る。
「いや」
「また何か考えてる?」
「ちょっと」
「商売?」
「まだ分かんない」
「じゃあ考え終わったら教えて」
「興味あるの?」
「レイン、急に変なもの作るから」
「木のやつ?」
「面白かったじゃん」
「変って言ったくせに」
「変だけど面白い」
褒められているのか分からない。
でも、少し嬉しい。
◇ ◇ ◇
そのあと、俺はしばらく宿にいた。
特別なことは起きなかった。
客が来て、飯を食べる。
荷物を置いて、誰かが出ていく。
ただ、それを眺めているうちに気づいた。
市場を歩いて商品だけ見ていても、思いつかないことはある。人が働いている場所や、人が泊まる場所、人が飯を食う場所。
そういうところを見た方が、分かることもあるのかもしれない。
「トーマ」
「何?」
「また手伝っていい?」
「給料出ないぞ」
「それは残念」
「何する気?」
「まだ何もしないよ」
「まだ?」
「言葉のあや」
トーマが怪しそうに俺を見る。
俺は水をもう一口飲んだ。
新しい商品は、まだ思いついていない。
でも、次に何か始めるなら、机の上で考えるだけじゃなく、もっといろんな場所を見てみよう。
少なくとも、暇つぶしにはなる。
そこから金まで生まれたら――。
「レイン」
「何?」
「今、絶対金のこと考えてたろ」
「……考えてない」
「嘘つけ」
少しくらいは仕方ないだろ。
俺なんだから。




