俺は、何になりたい?
川から帰った日の夜。
夕飯を食べ終え、自分の部屋に戻った俺は寝台に寝転がっていた。今日は結構歩いたせいか、身体が少し重い。
でも、頭に残っているのは疲れよりも昼間の会話だった。
『レインは?』
あのとき俺は、金を貯めて、いつかのんびり暮らしたいと答えた。
間違ってはいない。
今世を始めたときから、それが目標だった。
前世では三十歳を過ぎても貯金はほとんどなくて、ようやく将来を考え始めたところで死んだ。だから今度こそ稼いで、貯めて、金に困らない人生を送りたい。
できれば、湖の近くに家でも建てて。
朝はゆっくり起きて。
好きなものを食べて。
働きたくなければ働かない。
「……最高じゃん」
やっぱり目標としては完璧だ。
問題は、その前だった。
ニコは畑。
エミルは荷運び。
ルカはまだ分からない。
トーマはたぶん宿。
みんな決まっているわけじゃないけど、自分がこの先何をするのか、少しずつ考え始めていた。
じゃあ俺は?
「商人……なのかな」
口に出してみる。
なんか違う。
ハンスさんみたいに店を構えて、毎日品物を仕入れて売る自分はあまり想像できない。
「職人でもないし」
石鹸は作った。
カバンも考えた。
マヨネーズも作った。
でも今は、どれも俺が作っていない。
セラさんが石鹸を作り、ダリオさんがカバンを作り、ミラたちがマヨネーズを作っている。
俺がやったのは、最初に考えて、試して、誰かに頼んで。
売れる形にして。
あとは――。
「……何してたっけ?」
改めて考えると、よく分からない。
◇ ◇ ◇
翌朝。
工房へ行くと、父さんが椅子の脚を削っていた。
「父さん」
「ん?」
「父さんって、何で家具職人になったの?」
手が止まった。
「急だな」
「ちょっと気になって」
「親父が家具職人だったからだな」
「それだけ?」
「最初はな」
父さんは作業を再開する。
「子供のころから手伝って、そのまま覚えた。別の仕事をしようと思ったこともあるぞ」
「何?」
「兵士」
「父さんが?」
「似合うだろ」
「似合う」
「即答か」
体格だけなら今でも十分いけそうだ。
「でも、家具作る方が面白かった。自分が作ったもんを誰かが何年も使うだろ。それが悪くないと思ってな」
「へえ」
「それで気づいたらこれだ」
父さんが作りかけの椅子を軽く叩く。
「レインも家具やりたいのか?」
「いや」
「即答か」
「ごめん」
「別にいい」
父さんは笑った。
「お前は好きなことやればいい。まだ十三だろ」
「でも、みんな少しずつ決めてるみたいで」
「みんな?」
「トーマたち」
「ああ」
父さんは少し考える。
「家の仕事を手伝ってるから、そう見えるだけじゃないか?」
「そうかな」
「トーマだって、本当に宿を継ぐかは分からんだろ」
「たぶんって言ってた」
「ほらな」
確かに。
「お前はもう色々やってるんだから、その中から見つけりゃいい」
「色々やりすぎて分かんないんだけど」
「じゃあまだ増やせ」
「増やしていいの?」
「俺に聞くな」
適当だな。
でも、少しだけ気が楽になった。
◇ ◇ ◇
昼過ぎ。
町を歩いていると、南門へ向かう途中でトーマを見つけた。
向こうも俺に気づく。
「何してんの?」
「散歩」
「また暇?」
「そういう言い方やめない?」
「暇なんだろ?」
「暇だけど」
否定できない。
トーマは宿へ戻る途中らしく、手には小さな包みを持っていた。
「それ何?」
「頼まれた香草。夕飯に使うんだって」
「へえ」
「レインは?」
「本当に散歩だけ」
「暇だな」
「二回言うな」
並んで歩く。
しばらくして、俺は昨日から考えていたことを聞いてみた。
「トーマってさ」
「何?」
「本当に宿やるの?」
「知らない」
「早いな」
「だってまだ十三だぞ」
父さんと同じことを言われた。
「昨日たぶんって言ってたじゃん」
「今のところは、だよ」
トーマは少し考えてから続ける。
「嫌いじゃないし。宿」
「仕事多くない?」
「多いよ」
「朝も早いし」
「客によっては夜も遅い」
「大変じゃん」
「でも、いろんな人来るしな」
トーマが南門の方を見る。
「町の外の話聞けるのは面白い」
「それは分かる」
「だから今は宿でもいいかなって思ってる。でもずっとやるかは知らない」
「そんなもん?」
「そんなもんじゃない?」
十三歳に諭されている。
精神年齢では俺の方がずっと上のはずなんだけど。
「レインは何やりたいの?」
「それ考えてた」
「金貯めるんじゃないの?」
「それは目標」
「じゃあ、そのために何するか?」
「そう」
「今まで通りじゃ駄目なの?」
足が止まりそうになった。
「今まで通り?」
「なんか思いついたら作って、売れそうなら売る」
「雑だな」
「違うの?」
「……だいたい合ってる」
「じゃあそれでいいじゃん」
「仕事の名前がない」
「名前いる?」
言われてみれば。
商人。
職人。
宿屋。
農家。
何か一つを選ばなきゃいけないと思っていた。
でも俺は、もう何年も一つに決めずにやってきた。
「面白そうなもの考えて、作れる人探して、売る」
「うん」
「それを続ける?」
「俺に聞かれても」
「そうだけど」
「レインがやりたいならやれば?」
簡単に言う。
でも、その簡単な答えが妙にしっくりきた。
◇ ◇ ◇
宿の前に着く。
「じゃあ俺、これ渡してくる」
「うん」
「明日は?」
「今のところ暇」
「じゃあまた何かしようぜ」
「いいよ」
トーマが宿へ入っていく。
俺はそのまま家へ向かった。
結局、何になりたいのかは決まらなかった。
商人でもない。
職人でもない。
何か立派な肩書きが欲しいわけでもない。
面白そうなものを思いついたら試して。
自分で作れなければ、作れる人に頼んで。
欲しい人がいるなら売る。
そうやって金を稼いで、貯める。
そしていつか、のんびり暮らす。
「……今までと変わらないな」
思わず笑った。
でも、それでいいのかもしれない。
何になるかは、まだ決めなくていい。
とりあえず今は、やりたいことを増やしていこう。
貯金を減らしすぎない範囲で。




