3.男の人って未知(1)
赤い布で覆われた長いテーブル。
使用人数よりも多い椅子。
序列の一番低い席に座り、母と姉たちが訪れるのを待っていた。
「エーレーナーッ! 無事ーっ!?」
扉が勢いよく開くやビビアナが飛び出してきてエレオノーラに抱きついてくる。
「はい。ご心配ありがとうございます」
「もうっ! エレナってば、本当にイイ子なんだから。これあげるわ!」
「わぁ、かわいいブローチ。大切にします」
さっそくエレオノーラはビビアナにもらった蝶々のブローチをドレスの襟元につける。
黒い髪を長く伸ばし、切りそろえた前髪がチャームポイントのビビアナ。
オシャレが大好きで、魔女の国のファッションリーダーといったポジションに立っていた。
ビビアナはオシャレに無頓着なエレオノーラを危惧し、よくアクセサリーをプレゼントしてくれる。
蝶々のブローチは、王族として誇りを持っていいと伝えたいのだろう。
その気持ちは嬉しいと思いつつ、蛾の姫が蝶々のブローチなんて……と卑下してしまう癖はなかなか治らなかった。
(魔力がなくても私は王族。心持ちだけは魔女でいないと)
魔女の魔力は髪色に現れる。
黒が最も強く白が弱い。
最強であるはずの王族で、エレオノーラだけが白銀の髪で生まれてしまった。
ゆえに“蛾のお姫様”と揶揄されていた。
(……もっと自信、持ちたいな)
姉たちは心からエレオノーラを大事にしてくれている。
彼女たちにとってエレオノーラを侮辱する言葉なんて知ったことではないのだ。
「ビビアナ。そろそろ母上が来るから座りなさい。エレナ。あの男は今、部屋にいるのかしら?」
ルドヴィカの言葉にビビアナは「はあい」と素直に従い着席する。
エレオノーラと向かい合う形でルドヴィカも座り、直球に質問を投げてきた。
「はい。部屋で待ってるようお願いしてあります」
「そう……」
ビビアナに比べて、落ち着いた性格のルドヴィカ。
男嫌いではあるが、むやみに嫌うというわけではなく男の生存本能や恨みを残した歴史をもって嫌っているようだ。
魔女こそ至高たる存在。
その考えに加え、序列を大切にする真面目さもある。
たとえ魔力では上でも、女王であり魔法の扱いに長けるリオナを重視する面があった。
「結界が張ってあるとはいえ、気をつけなさい。男は傍においておくと暴力に走るから。エレナは魔法が使えないのだから」
これはルドヴィカなりの心配だが、なかなかにエレオノーラの劣等感を刺激してくる発言だ。
魔女の最底辺だと重々承知しているだけに、なかなかに吐血ものだと胸に手を置いた。
「リベルトはそういったことはしないですよ」
逃げようとしないし、基本的におとなしい。
最初は怯えていただけであり、それも取れてしまえばかわいらしいものだ。
「絶対やだぁ! 野蛮で、欲に忠実で、獣みたいな存在よ!? 結界はらないと大変なんだから!」
一般論でいえば、ビビアナのように徹底的な男性拒否が当たり前。
受け入れるどころか、自分から欲しいと言い出すエレオノーラが異質だった。
「別に男なんていなくても問題ないし! 子どもだって作れるんだし!」
ビビアナが大口に騒ぐと、ルドヴィカがすぐに制止する。
子作りに関して口にすることは、魔女の国では下品とされていた。
人間は生存本能として子孫を残そうとする生き物だ。
暗黒時代の男性は、痛がる女性を押さえつけてでも生殖活動をしていたらしい。
子を設けるには、女が痛みを受けることが多すぎると本に記されていた。
(痛がるようなことって、何をしていたのかしら……。よくわからないわ)
今は魔法の力があれば子を作ることが出来る。
ただし性別は選べない。
子を宿す方法は、国の機密事項となっており王族のエレオノーラも知らぬこと。
無痛分娩で産むことが出来、育つまでのフォローも徹底されていた。
女児は高等教育まで受け、適材適所に振り分けられて職務を真っ当する。
男児は産まれてすぐに北の領地に引き渡されるため、詳細はエレオノーラの知識外の話だ。
命を宿すとは不思議なことだ。
自分の身体にそんなことが可能なのかと気になってしまい、なんとなく下腹部を指の腹でへこませてみた。
(リベルトは……)
どんな生活を送っていたのだろう?
想像も絶する過酷な環境だったのだろうか?
書物に記されるような男性像とリベルトはあまりに遠くて、別人としか思えなかった。
「はい、そこまで!」
「「母上(お母様)!」」
パンッと手を叩く音にハッと顔を上げる。
姉たちもリオナの気配に気づけなかったようで、慌てて立ちあがってリオナを迎え入れた。
「ごめんねぇ、遅くなっちゃったぁ!」
艶やかな波打つ髪を惜しげなくなびかせる自由気ままな女王様。
リオナが序列トップの席に座ると、お腹を擦って椅子にもたれかかった。
「あーあ、お腹すいちゃったー」
「母上はもう少し時間を守るよう努力してください」
「別にいいのよ。アタシが一番。女王なのよ。 アタシより偉い人なんていないんだから文句なんて言わせなーい」
アーモンド型に伸びた爪を撫で、口角をあげる。
「ルドヴィカはアタシより魔力も高いけどねぇ。これだけしっかりしてれば次期女王もバッチリだわ」
リオナの誉め言葉にルドヴィカは頬を赤く染める。
自分より高い地位にいるリオナから目をかけられていることがうれしいようだ。
そんなルドヴィカの喜びもリオナは気まぐれな発言で突き落とす。
「そろそろ子を持つことを考えてもいいかもねぇ」
魔女の国では、女性は二十歳を越えると子を設ける。
身体が成熟した適齢期として、病気などの事情がない限り必ず一人は産まなくてはならない。
進んで子を設ける魔女も多く、リオナに至っては三人娘を産んでいた。
ごく当たり前の会話でも、ルドヴィカには不服のようで眉間にシワを寄せた。
「子は……産まねばなりませんか? 私、あまり気が進まなくて……」
「魔法でチャチャッと終わるから大丈夫よ。ちゃんと考えるのよー」
「……はい」
沈む気持ちを誤魔化すため、ルドヴィカは運ばれてきたコンスープにそそくさと口をつけた。
ルドヴィカは真面目で優秀な反面、固定概念が強い方でもある。
男は魔法も使えない存在だと見下し、北の領地へ視察に行くことを避けていた。
(北の領地かぁ。男の人でいっぱいなのかな?)
エレオノーラは外に出られないので、行くことはないだろうが、案外リベルトのような人が多いのではないか?
接していくうちに、野蛮で暴力的だなんて固定概念はなくなるかもしれない。
リベルトが怯えがちなのも、魔女が管理下に置いていることが原因であり、本来は温厚で優しいはずだ。
もっと距離が縮まれば、リベルトの本来の性格が垣間見えるだろうか?
そうしてリベルトのことを考えているうちに、心が温かくなって料理がより一層おいしく感じられた。
(そうだ。リベルトの分も用意してもらおっと)




