2.白の魔女と黒の男(3)
男にも感情はある。
女が触れられて恥ずかしくなる箇所があるように、男にだってある。
そうでなくとも、誰もがボディタッチを許容するわけではない。
例えば次女のビビアナがわかりやすい。
ビビアナは極度の潔癖で、許容外の人が肩に当たっただけで大騒ぎをしてしまう。
エレオノーラに悪気はなかったが、好奇心を優先したばかりにリベルトの気持ちをおろそかにしたと痛感した。
「ご、ごめんなさい……」
「……魔女なんて」
リベルトの呟きにハッとして、顔をうつむける。
この魔女の国で、男と魔女は相容れない存在だ。
女神・ミネルバは魔女が安心して暮らせる世界を望み、男を北の領地に退けた。
男は肩身の狭い世界で、魔法という敵わない力で女に屈服させられる。
かつて男を憎んだ魔女は、いつしか男に憎まれるようになったのかもしれない――。
「本当にごめんなさい。……もし何かあれば呼んでね」
物珍しい目で見るということは、奇異の目で見るのと同義だ。
エレオノーラは自分がされて嫌なことをリベルトにしてしまった。
魔力を持たない王族として指をさされることが嫌なくせに、それと扱いをしたのだと己を恥じ、エレオノーラは急いで浴室から立ち去った。
扉を閉めて顔を両手で覆い、ずるずると床に座りこむ。
恥ずかしい。
無自覚に男性を見下していたのかもしれない。
リベルトは決して見世物ではないのに。
男の人だから何をしてもいいわけではない。
自分がされて嫌なことはしないようにする。
散々傷ついてきたくせに、男の人だから許容されると思ってはいけなかった。
こんなのはレッテルで判断する人たちと何ら変わりないと恥じ、エレオノーラは自己嫌悪に顔を膝に埋めた。
風呂から出たリベルトに着替えを手渡すと、エレオノーラは部屋に籠もってしまう。
ベッドにうつぶせになり、枕元に置かれた本に気づくとパラパラとページをめくった。
女神・ミネルバの物語。
この世界に魔法が誕生したのは、神がミネルバに魔力を授けたことに始まる。
ミネルバから広がり、次々と女たちは魔法を扱えるようになり、腕っぷしの強い男たちにも勝る力を得た。
やがて魔女による女のための統治として魔女の国を建国する。
命を宿す尊きものとして、女による安全保障が約束された不可侵領域が誕生した。
ミネルバの末裔を王族とし、強い魔力持ちが貴族として立つ。
カースト国家ではあるが、貴族には相応の責務があり国の堤防となっている。
今にも続く、ミネルバが女神として崇められるまでの物語。
王族とは、存在そのものがミネルバの意志である――。
「……さま。エレナ様」
名を呼ばれ、ハッとして現実世界に戻る。
顔をあげた先にアリシアが困り果てた様子でエレオノーラをのぞき込んでいた。
「ごめんなさい! えっと……どうしたの?」
「お食事の準備が出来ましたので……」
窓に目を向けると、すっかり更け込んだ夜の色に空は衣替えをしていた。
「そんなに時間経ってたんだ」
「お食事は部屋に運ばせていただきました。明日の昼食はご家族でとると、陛下より申しつかっております」
リオナはよくあちこちに飛び回り不在のことが多いが、城にいる時は家族で食事をとりたがる。
姉たちは執務で忙しいため、こうしてリオナが声をかけることで時間を作っていた。
王族でありながら、図書館に籠もったりと好き勝手しているのはエレオノーラくらいだ。
外に出ることは禁じられているため、せいぜいエレオノーラに出来ることは事務作業。
それさえも有能な事務官がいるので、エレオノーラにはよっぽどのことがない限り仕事がなかった。
「夕飯、いただくわね。……リベルトは?」
物思いにふけっていたため、リベルトのことをほったらかしにしてしまった。
あれだけ好き勝手に触ってしまった後だと決まりが悪く、エレオノーラはぎこちなくアリシアに様子を尋ねるしかなかった。
「ご用意されたお部屋にいます」
「そっか。わかった、ありがとね」
いつまでもウジウジしていては何も変わらない。
王族たるもの、たとえハッタリだとしても堂々としなくては。
気合いを入れなおしてエレオノーラはベッドからおりると、一直線にリベルトの部屋へ向かった。
扉の前に立つと深呼吸をして、勢い任せにノックする。
「リベルト。ご飯だよー」
やっぱり返事はない。
リベルトは警戒心が強いわりに嫌なことを「嫌」と言うまでにタイムラグがある。
まだ出会って一日も経過していないのだから把握できるものでもないが、理解する姿勢は持ちたいとエレオノーラはもう一度扉をノックした。
「えっと……入るね? 一緒にご飯食べよー?」
様子見ばかりでは距離は縮まらない。
多少強引だとしてもエレオノーラから動かなければ、リベルトはいつまでもシャーシャー猫のままだ。
エレオノーラが弱いと母や姉たちに迷惑をかけてしまう。
白銀の髪をもって生まれてしまった王族の恥に、愛情をもって接してくれた。
外に出ることは許されなくても、外を理解する姿勢は失いたくない。
その一心でエレオノーラは本にかじりついているうちに、好奇心を持て余した本の虫になっていた。
「リベルトー? 明かり、つけるね……?」
扉を開けた直後、窓から扉へと強い風が通過する。
髪が乱れて両手で抑え込むと、窓の向こう側に浮かぶ月が人影を映した。




