9.襲撃と喪失(6)
「アアアァァアアアアッ!!」
悲しみの満ちる静かな朝、ロゼッタの悲鳴が響き渡る。
切断された手首を抑えながら、目を血走らせて喉を引き裂くように狂気を放っていた。
「魔法がっ……魔法が使えない! 魔力が感じられない!!」
(魔力が感じられない?)
「いや……いやだっ! 魔力がないとわたくしはっ──!!」
「コイツがイレーネを殺したのか」
ジーナは立ち上がり、ロゼッタを視界にとらえると、迷うことなく近づいていく。
暴れ狂うロゼッタを見下ろし、躊躇もなく剣を振り下ろし、ロゼッタの反対の手までもばっさりと斬り捨てた。
「ぃぁあああああああっ!! 手が、手があああっ!?」
「魔法も使えない。戦う手段をなくしたお前はお前が見下した劣等種だ」
「いやあああぁぁ……!」
もうロゼッタに戦う力はなかった。
絶望から悲痛に叫ぶことしか出来なくなった女だ。
強欲な魔女はジーナにより、立ち直れないほどに崩された。
ジーナらしくない冷徹な眼差しでロゼッタを見下した後、ロゼッタに背を向ける。
惨めな姿だと嘲笑し、ロゼッタの精神を打ち砕くだけ打ち砕いた。
「ジーナ様……」
「ごめん、油断した。あたしが守らなきゃいけなかったのにな」
「ちがっ──」
何を言えばよいかわからず、ジーナにかける言葉が見つけられなかった。
これはエレオノーラの決断が招いたことだ。
エレオノーラがジーナを頼ったせいで、イレーネまで巻き込んでしまった。
ただ、リベルトと一緒に生きていける場所が欲しかっただけなのに、それさえも罪深かったのかと目の前が真っ暗になる。
もしエレオノーラが魔女として戦えていたら、現実はもっと違ったはずなのに。
一度捨てたはずの劣等感がエレオノーラを浸食し、どうしようもない卑屈な考えがエレオノーラを飲み込んでいった。
「余計なことは考えなくていい。姫さんは……エレナたちは悪くない」
エレオノーラの後悔に、ジーナは声を張って慰めようとする。
だがあまりに悲しみが深く、隠しきれるものではなかった。
ジーナと長年、共に歩んできたイレーネはもう目を覚まさないのだから……。
「返り討ちにあったというわけね」
聞き慣れたアルト声が耳に届く。
エレオノーラが顔をあげ、声の方に目を向けるとそこには真っ黒な衣装に身を包んだルドヴィカが立っていた。
「ノルドゥ辺境伯が味方だと思うようにいかないのかしら」
「ルドヴィカお姉様……」
――あぁ、どうして。
どうしてそこまでエレオノーラから大切な人を奪おうとするの?
一瞬でも抱いた憎しみが再び膨れ上がり、エレオノーラは興奮して目を血走らせた。
「お姉様、どうして……」
「エレナ。あなたは自分を過信しすぎたわね」
「どうしてこんな酷いことが!」
「ルドヴィカ王女」
ルドヴィカに吠えかかろうとするエレオノーラを制止し、ジーナが一歩前に出る。
ジーナらしくない感情の読めない表情でルドヴィカと向き合うと、ルドヴィカはにっこりと丁寧に微笑んでいた。
「フィアンマ公爵令嬢が魔法を使えなくなったようですが、どうされるおつもりですか?」
「そうね……こうなるとは想定外だったから。ずいぶんと派手にやったというのに」
「彼女もうちの辺境地に?」
「一度連れて帰るわ。必要があれば要請します」
「わかりました。では……」
握りしめた剣をルドヴィカに突きつける。
押し殺していた怒りをむき出しにして、ジーナが今にもルドヴィカの首を跳ねる勢いだった。
しかしルドヴィカに一切の動揺はなく、冷ややかな目をしてジーナを見据えていた。
「この場から引いてください。これ以上、手を出すならばこちらとしても対応を考えなくてはならない」
「ノルドゥ辺境伯と争うのは利口とはいえないわね」
ルドヴィカが指先で刃の部分をなぞると、剣は高熱で溶けた。
指に高熱凝縮させる、非常に繊細で高難易度の魔法だ。
今、この場でルドヴィカに逆らえる者はいないのだと無言で制圧しようとしていた。
ジーナはそれを理解し、スッと身を引いた。
ルドヴィカもすぐに切り替えて、怪我人の多く出る町民の元へ歩み寄ると、一人一人を見渡していく。
「皆さまにはご迷惑をおかけしました。治癒魔法の使い手を広場に集めております。ここからは王家が受け持ちますのでご安心ください」
ルドヴィカは引き連れてきた衛兵たちに指示し、怪我人を広場へ運んでいく。
一切、エレオノーラには見向きもしなかった。
「女神・ミネルバの加護を授からんことを」
決まり事のように言い去っていくルドヴィカの後ろ姿からジーナは目を逸らさない。
濃い影がのしかかる背中からは静かな怒りと悲しみが伝わってきて、エレオノーラの胸を更に引き裂いていった。
非情な現実に、エレオノーラはルドヴィカを追いかけなかった。
どうしたって姉とは分かり合えないのだと、長年の情が打ち砕かれていく感覚に唇をかみしめた。
ルイーザが剣を鞘におさめ、ルドヴィカを追う前にジーナに振り返って、目を鋭く細める。
「私はお前を倒して、自分を取り戻す」
抜け殻状態となったロゼッタを肩に担ぎ、ルイーザは闇に溶け込んでいった。
ジーナは何も言わず、イレーネの前にしゃがみこむと握り返してくることのない手をとり、両手で包み込む。
「帰ろう。あたしたちの故郷へ。みんながイレーネを待ってるからね」
イレーネの遺体を抱きあげて、ジーナは歩きだす。
立ち上がることの出来ないエレオノーラは、ジーナに罪悪感を抱いて何度も罰した。
「エレオノーラ。行こう。……進むしかない」
打ちひしがれるエレオノーラを、リベルトは強引に立ち上がらせる。
悲しんでいないわけではない。
だがリベルトは弱音を吐くことなく、一心にエレオノーラに寄り添う姿勢を示した。
自己嫌悪に飲まれながらも、リベルトの変わらない優しさにエレオノーラはリベルトの胸に顔を押しつけた。
(私はずるい。それでもリベルトといたいだなんて)
リベルトを望むことで、望まぬ悲しみが増えていく。
それでも、リベルトを選んだことを間違えたとは思えなかった。
驚くほどに薄情な自分に、エレオノーラは嗤うしかなかった。
(私は……罪人ね)




