10.イレーネの故郷・男性の生きる北の領地へ
*** 10 ***
町の被害に対しては、王家が動くことになり、エレオノーラたちは静かに去ることが出来た。
イレーネの代わりにジーナが手網をとり、馬車を走らせる。
やけくそに馬を走らせたので、次の日には関門を越えて北の領地に到着していた。
「イレーネ、帰ってきたよ」
焼けてしまった服を脱がし、清潔な衣服を着せたイレーネの亡骸。
疲れきったジーナを見かね、リベルトがイレーネの遺体を抱えて後ろに続いた。
エレオノーラはジーナにかける言葉を見つけられず、重々しい灰色の空を眺めるばかりだ。
(私、ここにきてよかったのかな?)
ジーナはエレオノーラを責めることはない。
だが決して慰めることもしなかった。
悲しみを背負った姿は、それほどまでにエレオノーラの行いは周りへの影響も大きいことを突きつけてきた。
自分の我が儘で犠牲を出してしまった痛みに息を止めてしまいたくなった。
(弱音を吐くな、私! イレーネさんが託してくれた想いを無駄にするな!)
もう戻れない。
罪を背負って足を止めないことしか、命に報いることが出来ない。
前を向こうと意識していれば、いつかきっと本当になる。
そう自己暗示をかけ、魔女らしさを奮い立たせた。
「ジーナ様、おかえりー!」
辺境伯邸の立つ近くの町に立ち寄ると、小さな女の子がジーナを見つけて駆け寄ってくる。
「ずいぶんお早い帰りですね」
「……ただいま、アリーチェ。グレタ」
アリーチェと呼ばれた女の子の後ろから、ふくよかな中年女性・グレタが顔を出す。
ジーナに穏やかに微笑みかけており、それに対してジーナは決まり悪そうに目を逸らしていた。
「……まぁね」
「あら、あの方々は?」
ジーナの後ろにエレオノーラたちが立っていることに気付いたグレタは、同時にリベルトの腕に抱えられたイレーネの亡骸に気付く。
「イレーネッ!?」
リベルトは地面にイレーネの遺体を寝かせた。
グレタはすっかり変わり果てたイレーネに、さめざめと声をあげて亡骸に泣きついた。
「ごめん。守れなかった」
「あ……ぁああああ!!」
「……お姉ちゃん?」
泣き叫ぶグレタに、状況を理解していないアリーチェ。
二人はイレーネによく似ており、すぐにイレーネの家族であるとわかった。
この人たちの前で泣く資格はない。
エレオノーラは無意識に下唇を噛みしめ血をにじませていた。
イレーネが育った小さな煉瓦の家に、遺体となって帰ってくる。
まっさらなシーツの被さったベッドの上にイレーネを寝かせ、グレタがそっとイレーネの頬を撫でていた。
それからしばらくして、ジーナがエレオノーラに振り返ってぎこちなく微笑みかけてきた。
「とりあえず辺境伯邸へ行こうか」
赤く腫らした目元が痛々しい。
いつもと変わらず明るく振る舞おうとしていたが、ジーナからにじみ出る悲痛さは隠しきれない。
エレオノーラが何も言えずにいると、ジーナはエレオノーラの手を引いて「先へ進むんだ」と強く促してきた。
「ここは北の領地だ。エレナはここでリベルトと生きていく。知らないことを知っていくんだ」
「ジーナ様……」
「強く生きなきゃいけねーんだ。女の生き方も、男の現実も、全部だ」
「――はい」
そうだ、エレオノーラは外を知りたいからここまで来た。
悲しみは消えないけれど、立ち止まっていられない。
エレオノーラは踏ん張ろうと前を向き、あらためてたどり着いた辺境の地を見渡した。
魔力を持たない女性たちの居住地。
そして西部は男性が住まう地。
それぞれがどんな暮らしをしているのか。
区分を取り払って生きていく方法はないのか。
女神・ミネルバの意志は、本当にこんな風に男を押さえつけることを望んでいたのだろうか?
全部、ここに答えがあるのだからエレオノーラは諦めない。
「行こう、リベルト。一緒に生き抜こう」
「――うん。一緒にいるよ」
手を繋ぎ、前に進んでいく。
これから先、エレオノーラに何が出来るかわからないけれど、粘り強く生きていこう。
この愛は止められないのだから。
やさしい風が吹き、甘い乳香がエレオノーラの鼻をくすぐった。
イレーネの故郷に着いたんだと、励まされている感覚に涙が溢れそうになった。
(イレーネさん、ありがとう。私、この場所で生きていきます)
絶対に忘れないと胸に刻み、エレオノーラは無知から羽ばたこうとしていた。
上の章「了」
下の章はコンテスト終了後に掲載するかも?
結果次第&今後の公募次第となります。




