9.襲撃と喪失(5)
エレオノーラが必死に叫んでも、あたりには怪我人が多く、広がり続ける炎にパニックを起こして悲鳴が響き渡っている。
どれだけエレオノーラが声を張り上げても誰にも届きはしない。
そんな中、ロゼッタは炎の支配を取り戻し、火傷だらけの身体をふらつかせながら、小気味の悪い笑い声をあげた。
「はっ……! 貴族に逆らうからよぉ! 男なんて庇ったからこうなるのよっ!」
「イレーネェエエエエッ!!」
ルイーザと戦っていたジーナが、イレーネの倒れる姿に気づいて絶叫する。
足止め程度に戦っていたが、ルイーザの腹を蹴り飛ばして走り出す。
全身大やけどを負ったイレーネを目の当たりにすると、ジーナは激昂して地獄の底から聞こえるおぞましい声をあげながらロゼッタの肩を剣で貫いた。
「ギャアッ!!」
あまりの速度に誰も追いつけない。
剣が引き抜かれると、ロゼッタはジーナに対抗しようと手を前に突き出すも、その手ごとジーナは斬りつけた。
手を失ったロゼッタは反対の手で炎をジーナにぶつけようとする……が、その肝心な炎はなく、ジーナの身体に直撃する前に蹴り飛ばされていた。
「イレーネさん!!」
ジーナが駆けつけ、真っ黒になったイレーネの手を握る。
息絶え絶えにイレーネは胸を起伏させ、涙に濡れた瞳にジーナを映して微笑みかけた。
「ジーナ様……。うち、魔女様を守ぃ……ましたよ」
「ああ! よくやった! だから喋るな! 絶対に助けてやる!」
ジーナが腰に下げるポシェットから小瓶を取り出し、中身をイレーネの喉に流し込む。
ポーションのようで、効果を発揮したのかイレーネの火傷は少しだけ回復した。
それでもあきらかに量は足りておらず、出血量も多いのでイレーネの体力をどんどん奪っていく。
刻一刻と迫るタイムリミットに、エレオノーラは必至で思考を回転させ、なんとかしようともがいていた。
(止血……止血しないと! 火傷も酷い……! どうしよう、どうしよう!)
衣類は火を消すために使ってしまった。
手元には何もないと焦っていると、リベルトがすぐさま上着を脱いで止血に使えるように切り裂いていく。
出血の多い箇所に布を重ねたが、血は止まらない。
他に何か手立てはないかと必死で考えるも、この混乱状況でよそ者のエレオノーラたちに手を貸そうなんていう奇特な人はいなかった。
「エレナさん、も……いいですから……」
「ダメよ、イレーネさん諦めないで! あなたがいないとダメよ!」
「よかっ、た……。とぉ……とい、魔女様、守れた、よ」
イレーネの目尻から血の混じった涙が流れだす。
それを見てエレオノーラの手が止まる。
「実は、うちもエレナさんと同じ……なんですよ。好きな方が……いたんですわ……」
「想いを伝えましょう? もう少しで領地に着きますから、ね?」
エレオノーラに言葉を残し、イレーネは残りの力を振り絞ってジーナに手を伸ばす。
その手をジーナは掴むと、イレーネに口角を上げて微笑み、力強く頷いた。
ジーナの無理やり笑った顔に、イレーネは満たされたように穏やかに微笑んだ。
「ありが……ござぃ……た……。どうか、ノルドゥの地に……」
――暗闇が落ちる。何の音もない。
「……イレーネ?」
ジーナの声に反応もない。
「おい、イレーネ。冗談はよせ……」
目の前で赤黒くなったイレーネに、エレオノーラは口に手をあてて声を押し殺す。
間に合わなかったと悟り、ジーナのことを思うと胸が引き裂かれそうになって、先に泣いてはいけないと下唇を噛みしめた。
「ごめん。ごめんな、イレーネ……」
いつも前向きで強気なジーナが、はじめてエレオノーラたちの前で涙を見せる。
大粒の涙は無常にもイレーネの頬に落ちて流れていった。
どんな時も頼りに見えていたジーナが、か弱い小さな女の子に見えた。
ジーナの人生においてずっとそばにいてくれたイレーネを失ったのだ。
どれだけ張り裂ける痛みなのか、エレオノーラの痛みなんか比べものにならないほどに打ちのめされているはずだ。
(なんで……。なんでここまで酷いことを……)
無力なばかりで、血に濡れた手のひらを見下ろす。
まだあたたかい濡れた血に、エレオノーラは自分勝手さが招いたことだと現実を悟った。
(これが死……。私が巻き込んでしまった。どうして私以外が傷つかなきゃいけないの!!)
人が死ぬのをはじめてみた。
思考が麻痺して、ただ悲しみと苦しみが襲ってくるもの。
今まで家族に守られてきたエレオノーラが外に出た途端、命とはこんなにも簡単に奪われてしまうことを知った。
あまりの残酷さに吐き気がして、口を押さえて胃液が逆流してきた苦味を飲みこんだ。
頭の痛みがひどくなる。
こんなにも地獄を見ているような世界なのに、もっと赤黒く、血に濡れた世界はあるんだと痛みが訴えてきた。
そんなのは知らないはずなのに。死を見たことがなかったのに、エレオノーラはどこか死は近いものだったと感じていた。
水を扱う魔女のおかげで少しずつ鎮火されていく。
黒煙と煤が空に上がって、朝日が顔を出して空を灰色に染めていた。




