9.襲撃と喪失(2)
ロゼッタの言葉にエレオノーラは燃え上がる部屋の左右を確認する。
あきらかに軌道から逸れた炎の道が左右に分かれて、壁に巨大な穴を空けていた。
「ジーナが言ってた。男は女を守るんだって」
リベルトがエレオノーラの手をつかみ、強く引っ張って立ち上がらせる。
漆黒の瞳にエレオノーラを映すと、逞しくもまばゆい光を宿してエレオノーラを守るように走り出す。
燃え上がる炎を視覚の盾にして、リベルトはエレオノーラを連れて部屋を飛び出し、宿屋の階段を一気に駆け下りた。
「女を守る男はカッコいいんだって。だから俺はエレオノーラを守りきるよ」
「リベルト……!」
これが男らしい強さなのだと、本能が震えた。
女が女を守る強さとは異なる雄々しさに、エレオノーラは感極まって涙を飲みこんだ。
なんとカッコいいのか。
こんなのは惚れずにいられない。ぐちゃぐちゃになっていたエレオノーラの心を一つ一つ解いていき、女として満たされる歓喜に口角が緩んだ。
「逃げてんじゃないわよぉ! この劣等種族があっ!!」
燃え盛る炎から飛び出してロゼッタが目をぎらつかせながら、一階の食堂を見下ろす柵に手をかける。
不愉快な気持ちを前面に、ロゼッタはリベルトを蔑む目つきで炎の棘を周囲に浮かび上がらせた。
「劣等種が女を守るぅ? はっ、男がそれを言う? キッ……モ!!」
上向きに燃えていた炎の棘が一斉にエレオノーラたちに鋭さを向ける。
「魔女になるしかなかった女の恨み。女の進化をなめるんじゃないわよォ!!」
怒声と共に火の雨が降り注ぐ。
雨は矢となり、宿屋のあちこちに刺さると小さな炎がパチパチと音を立てて拡大していった。
リベルトはエレオノーラを抱え、俊敏に避けていったが、ロゼッタの癇に障ったようでどんどん攻撃が激しくなっていく。
「ちょこまかと……逃しませんわぁ!」
ロゼッタの攻撃威力は高い。
公爵家の令嬢なだけあり、魔法の扱いにも長けている。
レパートリーの多さで次の一手に何が来るか予想がつかず、リベルトも逃げることに専念して反撃のしようがなかった。
(リベルトは剣で戦える。私は!? 私には何が出来るの!?)
このまま守られていては足手まといだ。
だからといってリベルト一人で戦ったとしても、ロゼッタほどの高等魔女と渡り合うのは容易ではない。
凝縮された一撃の大きさは当たれば命の危機に瀕するので、ここは別々に動いた方が的が分かれて効果的だと思考を働かせた。
「リベルト! 私は大丈夫! まずはここから脱出しよう!」
エレオノーラの言葉にリベルトは頷き、剣を構えてロゼッタを止めようと前衛に出た。
そう時間が経たないうちにこの宿屋は燃え崩れるだろう。
ジーナやイレーネは逃げているだろうか?
今は信じて、エレオノーラに出来ることを全力で考え、行動する。
(水魔法の使い手がいれば火は消せる! 令嬢は一人。攻撃は派手だけど、後ろはがら空きだ)
すでに火事に気付いて町の人が集まっているはず。
中に水魔法を使える人は必ずいると、エレオノーラは一足先に宿屋から飛び出して周りに叫んだ。
「水魔法を使える方! どうか炎を消してください! 被害が拡大する前に!」
エレオノーラの叫びに町から水魔法を扱える魔女たちが集まって、消火しようと水を一斉に放つ。
だが田舎に住む魔女は王都に比べ、能力差が顕著に出てしまい、炎が消えることはなかった。
それほどにロゼッタが魔女として優れており、並大抵の魔女では歯もたたなかった。
このままでは本当に崩れて取り返しのつかないことになる。
「はっ! リベルト!?」
エレオノーラが叫んだ直後、燃えて崩れた柱が折れてしまい宿屋の崩落は一気に加速する。
屋根が崩れてガラガラと燃える木の山が出来上がった。
町の魔女たちが放つ水を目指して、崩れる宿屋からリベルトが転がり出て服にまとわりついていた火を消し去った。
(よかった。無事だった)
とはいえ、ところどころ身体に火傷を負っている。
強すぎる炎は冬に向かっていた一帯の温度を上昇させる熱さがあり、エレオノーラを含め周囲にいる魔女たちは汗をにじませた。
炭となった木材を蹴り飛ばし、中からロゼッタが恐ろしい形相でゆっくりと姿を現す。
「女が強くなるために魔女となり、その中でも最強として君臨した王族。何もできないような弱い王族なんて見たくもない」
窮地は終わらない。
この場でロゼッタに魔法で抵抗出来る者はいなかった。
「やっぱりふさわしい者が頂点に立つべきよねぇ! 男は不要! 魔女が至高の存在よぉ!」
炎の渦が襲いかかってくる。
赤髪が揺らめくたびに狂気は濃くなっていた。
結局、何も成せていない。
これほどまでに自分が無力だと、絶望したことはなかった。
(どうして、私はこんなに弱い……)




