8.北の領地へ(9)
「こんなことしたくなるの、エレオノーラだけ。エレオノーラは違うの?」
首を横に振る。
これだけ気持ちをぶつけてくれるのに、醜い感情ばかり抱く自分が嫌になる。
せめて愛を言葉で伝え、いつでも綺麗と言ってもらえる自分でありたかった。
「リベルトだけだよ」
「エレオノーラ……」
再び顔を寄せてくるリベルトにエレオノーラは恥ずかしさの限界に達する。
「でも今はダメ! リベルトのバカ!」
「エレオノーラ……?」
「北の領地に着いて……ちゃんと考えて、知ってから。中途半端でいたくないの」
浴槽から手を出し、タオルを掴むと前を隠してバスタブから出ると、勢いをつけてリベルトを浴室から追い出した。
今まではエレオノーラから迫っていたけれど、リベルトから接近されると受け入れる気持ちが別物だ。
初々しい小娘になったり、痴態を晒すイヤらしい女になったり、エレオノーラは自分で自分がよくわからなくなっていた。
「……でもやっぱり触りたいぃ」
触られるのはまだ恥ずかしい。
だけどリベルトの身体への興味は止められず、色んな反応見たさに触れたくなる。
「何なんだ、この身勝手な卑猥さは」と、エレオノーラは唸り声をあげてシャワーに打たれて頭を冷やそうとした。
それから夜は宿の食堂であたたかいご飯を食べて、たくさんお話をして満喫した。
ジーナは酒が好きなわりに弱いようで、始終ニヤニヤしながらお肉を頬に詰め込んでいく。
「ジーナ様! もう少しゆっくり食べんと!」
「ふぁって肉はひひょうじゃにゃいか。ほ~んなやわわわい肉! (だって肉は貴重じゃないか。こ~んな柔らかい肉!)」
胡椒と塩で味付けされたチキンに、舌の上で溶けてしまいそうなほど柔らかい豚の角煮。
他にもパンやサラダといったものが並んでいるのに、ジーナは肉ばかり口にする。
頬袋に詰め込む姿はまるでげっ歯類。
ナプキンを手にジーナの口周りを拭うイレーネは、世話焼きを楽しんでいるようで困り顔をしながらも幸せそうだった。
「イレーネさんのおかげで料理スキル、各段に上がりました。ありがとうございます」
「そんなことは……えへへ。うち、実家が酪農やっとるんで料理は母から教わったんですわ」
「だから馬の扱いにも長けてるんですね」
「動物はええですよ。うちの牛が出す乳は濃厚で美味しいですからね。エレナさん、ぜひ飲んでみはってくださいね。……リベルトさんも」
人見知りが強く、イレーネはなかなかリベルトと会話することが出来なかった。
男性だから抵抗があるというわけではなさそうだが、リンゴほっぺを更に色濃くしてアタフタしがちだった。
(イレーネさん、かわいいなぁ。しっかり者なのに照れ屋さんなんて、キュンとしちゃうわ)
もうすぐ北の領地に着く。
ジーナともイレーネとも打ち解けて、エレオノーラは北の領地での暮らしが楽しみになっていた。
知らない世界がどんどん広がっていく。
少し前までは考えられなかった、本の世界が立体的になっていく感覚だ。
そんな中、唯一照れくささが残るのはリベルトのこと。
とっくに性的に見ており、触れたいという思いは淫らに思えて仕方ない。
男性の身体は未知のため、なおさら慎重になっていた。
領地につく前の雑談で、結局エレオノーラは一度もリベルトを直視することが出来なかった。
(気を引きしめないと! ちゃんと北の領地のことを知って、男性のことを知って、どうやって生きていくか考えなきゃ!)
リベルトに甘えるのはご褒美だ。
あまり甘えすぎるとエレオノーラは頑張れなくなると、自分に手厳しく触れあい禁止を徹底することにした。
領地は目前。
順調に来れてよかったと、エレオノーラは安堵し遠くなった王都を思う。
まだ北の領地に入ったわけではないのに、城とはまったく異なる世界。
それでもここは、魔女の国。
男性を憎み、徹底して魔女が至高の存在と刷り込まれた価値観の世界だ。
男と明確に住み分けられたカースト国家。
北の領地を囲む巨大なレンガ積みの壁と、何メートルもある高い関門。
念入りに結界で外に逃げられないように支配された地へ、エレオノーラはついに足を踏み入れようとしていた。
夜、食事を終えて翌日のために早めの眠りにつく。
いつのまにかリベルトの腕の中で眠るようになっており、心地よさを感じつつリベルトが大きく動いたのに気づいて目を覚ました。
「リベルト? えっ――」
急に身体が持ち上がり、驚く間もなく爆発音がエレオノーラの声をかき消した。




