8.北の領地へ(8)
馬車を走らせて二週間。
さすがは北の辺境地ともあり、旅路は長い。
ようやく北の領地から最も近いとされる町にたどり着き、宿に一泊することにした。
「ジーナ様、いいのですか? 私たちまで部屋を借りてしまって」
「まあ、現地入り前のお祝いってことで。大変なのはこれからさ。ちょっとくらいの贅沢もいいっしょ?」
宿に泊まることはあっても大体四人同じ部屋で眠っていた。
野宿するときは、馬車の中を組み替えて眠れるように変えてしまう。
ジーナがあまりにも食費に使ってしまうので、野宿でも耐えられる設計に開発された荷馬車での旅が当たり前になっていた。
狭い馬車の中で、エレオノーラはリベルトと身を寄せ合って眠る。
たまにジーナとイレーネとおしゃべりをし、会話に花を咲かす。
そういう時、リベルトは瞼を閉じて黙っていた。
新しいことばかりの日々だったが、心の底から楽しいと胸を躍らせる。
それももう終わろうとすることに、エレオノーラはほんの少し寂しさを感じていた。
「ふふん。領地に着いたら王都とのギャップを感じたまえ!」
「ええー?」
「じゃ、また夕飯で!」
相変わらず派手な扉の閉め方をし、ジーナは陽気に出ていった。
ジーナはやたらと貧乏を強調することがあるが、ジーナが大食いゆえに他が圧迫されているのも要因としてありそうだ。
二人になった部屋で、じっとリベルトを見上げる。
ずっと四人で過ごしてきたため、二人きりになるのは久しぶりのことであった。
「ど、どうしよっか? そうだ、お風呂があるわ。久しぶりに身体を温めるのは大事よね……って」
ご機嫌な様子でリベルトはエレオノーラの手を掴んで歩き出す。
「リベルト?」
「今日は俺がエレオノーラの髪、洗うよ」
(な、な、なっ──!?)
唐突な発言にエレオノーラは脳内がショートする。
だが恥ずかしがっている場合ではないと、すぐに自身に鞭を打って冷静を装った。
「何を言ってるの? リベルトってば、エッチね。私、一人で入るから」
動揺してないと表情は平静に保つも、声が裏返っていた。
いや、表情さえ保てていないかもしれない。
口角を上げる筋肉がヒクヒクしているのが嫌でもわかった。
これ以上はボロが出ると、エレオノーラはリベルトを突き飛ばし、駆け足でバスルームへと向かう。
「のっ……覗いちゃダメだからね!」
勢いよく扉を閉め、服を着たまま扉に背を預けてタイルの床に座り込む。
以前は気にすることもなくリベルトを湯に入れていたが、よく考えればとんでもない痴女行為だ。
よくわかっていなかったとはいえ、好奇心から股の間に手を伸ばそうとした。
たぶん、それは本に書かれていた男性のそそり立つ棒のある位置で、気軽に触れていいものではない。
思い返すと、穴があったら入りたいレベルでの羞恥に襲われた。
(きっ……気にしない! 触るのにも順序があるわ! それより今はお風呂に……)
ウィッグを外し、白銀の髪を背に流すと湯を張ったバスタブに足を入れる。
ゆっくりと身体を沈ませ、膝を抱えて顔の半分まで湯につかった。
ぶくぶくと泡を吹きながら、ジーナとの稽古後に汗を拭うリベルトの姿が頭の中に浮かんできた。
(リベルト、どんどん逞しくなって……)
ふと、唇を重ねたことを思い出す。
両想いだからと調子にのって、エレオノーラから舌を差し込んでリベルトに触れた。
相当恥じらうべきだったのでは? と今になって耐えがたさに悶絶する。
やけくそに顔をあげると、温まりだした手で顔に湯を叩きつけた。
「エレオノーラ」
「ひゃああああああっ!?」
何の気配もなくいつのまにか背後にリベルトが立っていた。
とっさに胸を両腕で隠し、バスタブの反対側に逃げようと膝立ちになると、後ろからリベルトに抱きしめられる。
「リ、リベルト!? どどど、どうしたの!?」
触れ合う肌にドキドキが止まらない。
湯の熱のせいか、全身が熱くて肌にはりつく髪に身を震わせた。
「触れたい。今しか時間ない」
「あっ……?」
リベルトは手を伸ばし、エレオノーラの髪を浴槽からすくい上げる。
水分を含んだ白銀の髪が、水滴をまとって光り輝いた。
「俺、エレオノーラの髪が特に好き。真っ暗な夜空に輝く銀の星みたいだ」
髪に口付けされる。
心臓が跳ね上がるも、銀色と言われて一瞬ジーナの姿が脳裏に過ぎった。
「探せば同じ髪色の人はいるわよ? 私より美人な人だって……」
「それでもエレオノーラがいい」
「……リベルト?」
頬に指先が触れる。
木刀を握り続け、デコボコが目立つようになった手が視界に入ると同時に、リベルトに顎を抑えられて顔の向きを変えられる。
あっさりと唇を奪われ、エレオノーラは目を閉じて入り込む熱さに声を漏らす。
唇が離れると息を乱し、リベルトの二の腕に手を滑らせる。
酸素不足に瞳に水膜をはって肩を上下させていると、リベルトが長いまつ毛に水滴を付着させ、瞬きをする姿に下腹部がうずいた。




