8.北の領地へ(6)
「エレナもやってみる?」
「やります!」
ジーナにとっては軽い誘いのつもりだろう。
だがエレオノーラは、今出来ることに食いついていく姿勢で進むことに決めていた。
「護身術は身に着けていますが、本当のことを言うと特別優れているわけではないんです」
リベルトに教えておきながらもすぐに追い抜かれてしまう程度だ。
元々武芸に長けているわけではないので、ますます卑屈になる原因でもあった。
「ルドヴィカお姉様は魔女としても、武術も得意でした。ビビアナ姉様は大地の魔法が得意で、芸術に活かしていました。絵も上手で、歌声もとっても綺麗で……」
前向きに生きようと決めた。
それでも積もりに積もった劣等感は、すぐにエレオノーラの足を引っ張ろうとする。
どうしたってエレオノーラは“蛾のお姫様”でしかなく、本物の蝶々たちには敵わないと諦めていた。
「でも魔法が使えなくても強く生きるんだって決めましたから。魔法がなくても女は強いんだって。図々しさには自信があります。だからジーナ様にも食いつきますよ」
「いいね。じゃあリベルトと一緒に鍛えてあげる」
ジーナの言葉にエレオノーラはリベルトと目を合わせ、互いに微笑んだ。
「「よろしくお願いします」」
一緒に強くなろう。
何が自分に出来るのか考えている時間がもったいないから、何だって手を出してみる。
いつかきっと、自分の武器にあるものが見つかると信じて、前に突き進むだけだった。
領地へと向かう道中、草原を切り分ける道に馬車をとめる。
リベルトが薪を割っている間にエレオノーラがジーナに稽古をつけてもらう。
野営の準備が出来ると、リベルトと交代してエレオノーラはイレーネと共に食事の準備に取り掛かった。
イレーネに教わりながら米を握っていく。
辺境地で作られている作物で、保存性に優れているそうだ。
「酸っぱい!」
おにぎりの具に使う梅干しというものを、イレーネにすすめられて一口食む。
あまりの酸っぱさに口をすぼめ、慌てて水で喉に押し流した。
「あっはは、はじめて食べはるとそういう反応にならはりますわ。これでもハチミツに漬けとるから甘い方なんですわ」
「ハチミツなんて感じませんでしたけど」
「梅干しはお米と一緒に食べると美味しいんですわ。保存も効きはるし、相性抜群や」
まったくそんな風になるとは思えないが、今はイレーネを信じるしかない。
「ちょっとした縁担ぎにもなりはるんですよ。思いを込めて握る。相手への心を込めて食べられる年中無休の料理なんですわ」
イレーネの語りに、言い伝えを大事にするエレオノーラの心が躍り出す。
握り飯を作ることがだんだんと楽しくなり、夢中になって握っていった。
とにかく数を作る。
たくさん作らないと、ジーナが空腹でまったく使い物にならないらしいので、ジーナの管理はイレーネの重大任務でもあった。
「ジーナ様とはどれくらい長い付き合いなのですか?」
エレオノーラが問うと、イレーネは視線を空に移して唸りながら考えだす。
「そうですなぁ……。十年くらいの付き合いにはなりますわ。うちは家族が多いので、養うため辺境伯邸に雇ってもらったことがきっかけです」
「まあ! では幼なじみのようなものですね! 何人家族ですか?」
その問いにイレーネは一瞬答えに戸惑い、「あーうー」とアタフタした後、咳ばらいをしてふにゃふにゃの笑みを浮かべた。
「下に四人いるんです。うちは長女なんで、頑張らないといけんのです」
「素敵ですね。私は末っ子なので姉たちには迷惑をかけてばかりで……」
最後はあんな形でお別れすることになってしまった。
リベルトを傷つけようとしたルドヴィカのことは許せない。
だがエレオノーラが生まれた時からずっと姉として大事にしてくれた思い出もあり、割り切れなさに口の中が苦くなった。
「ハアッ!!」
「構えが甘いよ! ちゃんと狙いを定めて振るんだ!」
交代してジーナに稽古をつけてもらっているリベルト。
二人が木刀をぶつけあい、声を張り上げていて気迫が伝わってくる。
早くもジーナと対等に渡り合うリベルトに、こればかりはあきらかな剣技の才能だと感嘆の息を吐く。
とっくの昔にエレオノーラがリベルトに教えられることはなくなっていた。
(私も強くなりたいよー。いったい、何が向いているのかな……)
魔法も使えない。
武芸や芸術の才能も特にない。
王族なのにポンコツだったエレオノーラは、図書館に籠もって本の虫になるしかなかった。
それも今のところ、役に立っておらず周りに教えられることが多い。
広く浅くの知識かもしれないが、何らかに役立てることが出来たらいいのにと願わずにはいられなかった。
遮るもののない草原で風が心地よく吹く。
馬車の外に出るときは必ず身に着けている、モカ色のウィッグが頬をくすぐった。
「エレナさーん。お食事の準備が出来たんで二人を呼んでくれはりません?」
「はーい」
エレオノーラがおにぎりを握っている間に、イレーネがそのほかの準備を整えてくれた。
長年ジーナと共に行動してきただけあり、調理の段取りはかなりのものだ。
自由奔放なジーナの面倒をみる姿は、時折アリシアの姿に重なった。




