8.北の領地へ(4)
「ヒヒィーンッ!!」
嘶きが響き渡る。
馬車がとまり、ジーナは「どうした?」とイレーネに声をかけた。
「王都の門で検問が行われているようです」
全身が心臓になったように大きく震えた。
まるで城から逃げ出したエレオノーラを狙ったかのようなタイミングだ。
ルドヴィカの追撃かはわからない。
だが可能性は高いと唾を飲み込み、エレオノーラは早くなる鼓動を落ちつけようと胸に手を当てた。
「検問かぁ。結構大がかりなのかな?」
「いつもより細かいチェックが行われてはるようです。ずいぶんと並んではるわ……」
イレーネによると、普段の検問はそこまで時間がかからないそうだ。
渋滞につながる程、しっかり行っているのだろうか。
もしルドヴィカの指示だとすれば、なぜすぐに追ってこなかったのだろう。
それが幸いしてジーナに頼ることが出来、ここまで逃げ延びることが出来たわけだが、いささか不可解だとエレオノーラは切り抜ける方法を考えだす。
荷馬車に積まれた荷物をあさりだし、何か使えるものがないか確認していった。
「姫さん、何して……」
木箱の中には食料ばかり。
だが北の領地に運ぶためにジーナたちが調達したであろう反物など、様々な品物が積まれていた。
結界を張って領地の閉鎖をしているため、こうして馬車を走らせることで交易をおこなっているだろう。
見たことのない不思議なものもあり、エレオノーラはひたすら物色して女性の衣服を選別していった。
その意図を察したジーナが目を光らせ、同じように荷を焦っていく。
「エレオノーラ? 大丈夫……?」
「任せて。リベルトは私が守るからね」
目を輝かせてリベルトに振り返る。
紅や髪飾りといった女性に必須の品々をかき集め、エレオノーラはリベルトに手を向けて指を開け閉めする。
嫌な予感を感じ取ったリベルトは、サァーッと血の気を引かせて後ずさったが、背後からジーナに抑えられて逃げ道を絶たれてしまった。
それからは試行錯誤でエレオノーラは女性の本領を発揮する。
あまり自分の身なりを整えることに関心はなかったが、それが他の人を対象にすると別のようだ。
日頃からアリシアの高等技術を見てきたんだと、エレオノーラはメイク本で学んだ知識と合わせてリベルトに化粧を施していった。
「おおー。こりゃあ、たまげたね」
(な、なんていうこと……!)
エレオノーラは両手を合わせて、祈るように目を輝かせていた。
目の前には茶色い長髪のウィッグをかぶり、煌びやかな化粧をしたリベルトの姿。
女性と見間違えるほど美人であったが、長髪にして化粧をすればもはや超絶美人にしか見えない。
「リベルト、長髪も似合うのね! なんて綺麗なの!」
興奮するエレオノーラに、リベルトは不服そうに眉根を寄せる。
商品として仕入れていた女性の日常服を着せ、肩幅を誤魔化すために毛皮を羽織らせた。
妖艶でクールな令嬢となったリベルトにエレオノーラは見惚れ、不貞腐れるリベルトをからかうようにジーナがニヤついていた。
(リベルトは本当に美人さんね! 黒髪は目立つから隠すしかないけど、長髪にしたらとんでもないことになるわね!)
パッと見ではエレオノーラよりも王族らしく、多少の嫉妬心はあったが、美貌の前ではエレオノーラのトキめきの方が断然強かった。
そうしてメロメロになっていると、ジーナが目を光らせて次なるターゲットを定める。
「姫さんも! 変装しよーな!」
「あ……」
調子にのっていたが、エレオノーラも追われる身だ。
白銀の髪なんて「逃げ出した三番目のお姫様です」と公言しているようなもののため、隠す必要があった。
今度はジーナが鼻の穴を膨らませ、「人に化粧するのははじめてだ」と怪しげなことを言いながらエレオノーラに魔の手を伸ばした。
王都と次の層を分ける門前で検問が行われていた。
一台一台止めて、騎士と検問兵が馬車の中を覗き込む。
「検問だ。……ノルドゥ辺境伯か」
「どーもどーも! 領地に帰るので通してくださいな!」
「ふんっ、中を確認するぞ」
騎士の女性は、チャコールグレーの髪をひとつにまとめ、紐でくくっている。
ネイビーブルーのハイネックに、レザーの切り替えスカートをあわせた戦闘服だ。
それは一部の魔女しか着ることが出来ない、高い魔力をもつ兵士に与えられるものだ。
騎士は、女王・リオナに選ばれた特別な魔女。
そのような人物が検問しているのであれば、おそらくリオナもエレオノーラに対して動き出したと想定された。
軽い口調のジーナを騎士が鋭く睨みつける。
思いきり舌打ちをすると、荷馬車の後車にまわり、重厚な布を荒々しく持ちあげた。




