8.北の領地へ(3)
「残念だけど失敗というわけだ。なんでリベルトを傍に置くことを許したのかはよくわからないんだけど……」
どういった経緯でリベルトと出会ったのか。
ジーナには話していなかったと、エレオノーラは母・リオナが連れてきたあの日の出来事を事細かに説明した。
聞き終えるとジーナは眉をひそめ、珍しく気難しい顔をしてこめかみを指で押さえていた。
「魔女の自覚を持たせたかった? 男を下に扱えるか、見たかったとか? いや、でもそんなのは大分無駄なことじゃねーの?」
「姉たちは男を手元に置くことを嫌がりました。私がなんとかするしかなかったというか……」
「姫さんがリベルトを手元に置くことはわかっていたのかもね。にしても、リベルトには魔力があるってーのも気になるところだ」
男性から魔力が検出されたことはない。
魔力は魔女の特権だ。
明確な力の差が魔女の国を何百年にも渡って発展させられた背景だってある。
暗黒時代はおよそ五百年前の出来事。
時間をかけて男性を弱体化させ、魔女の管理する結界で外を遮断した国家が誕生した。
「まっ! いずれにせよ姫さんの本質をわかってなかった。だから家族の負けだよ」
やはりエレオノーラは家族の中で対等にはなれなかった。
エレオノーラ個人より、王族であること、魔女であることが優先された。
長年感じてきた寂しさと、救われない悲しみに目の前が真っ暗になる。
結局肩書きがなければ、エレオノーラは家族にとって無価値だったということだから。
(家族だから守られた。家族でなければ底辺の扱いだったんだ)
「エレオノーラ」
黙って話に耳を傾けていたリベルトが、涙をこらえるエレオノーラに気づき、そっと肩を抱き寄せてくる。
「リベルト……。ごめっ……ちょっとだけ。ありがとね……」
エレオノーラはリベルトに寄りかかり、涙を流す。
エレオノーラにとってリベルトの腕の中は、唯一涙を流せる場所になっていた。
リベルトを守れるくらい強くなりたい。
同時にエレオノーラが普通の女の子として甘えることの出来るのが、リベルトの傍だった。
「誤解しなさんな、姫さん。あれがあの方たちなりの家族愛だったんだよ」
「家族愛?」
「魔女が至高のなかで、姫さんの考えがはみ出たら大変なことになる。なら姫さんに王族と魔女であることを一番に考えさせるしかない」
頑ななエレオノーラに新しい考えを出してくれる。
直球の発言が多いが、それがジーナのやさしさだ。
リベルトとは違い、つかみどころがなくて執着がなさそうに見えてしまうジーナだが、これがジーナなりの友情だとわかり、エレオノーラは涙を拭って背筋を伸ばした。
「情報を与えないのが一番コントロールしやすいんだ。姫さんを守る上で一番それが効率的だっただけさ」
「それは、愛なの?」
「愛だよ。“家族”だから守ろうとした。家族だから魔女として弱い姫さんを庇っていた。正しいかは本人たちが決めること。少なくとも大事にされてたっていうのは疑わなくていいんじゃない?」
そう言われてもすぐに受け入れられることはできない。
ルドヴィカに至ってはリベルトを殺そうとした。
奇跡的に助かったが、あの瞬間に抱いた怒りは今もエレオノーラの中で燃えている。
「もし家族でなければ……」と、複雑な気持ちが消えてくれない。
「姫さんはリベルトが大事だろ?」
「当たり前です!」
「じゃ、リベルトでない男は?」
痛いところを突いてくる言葉に、エレオノーラはすぐに反応が出来なかった。
「姫さんに敵対心を向ける男だったら守ってあげるの? 愛せたの?」
「私はリベルトだから好きに……。あっ……!」
“リベルトだから”と“家族だから”は何が違うのだろう。
そんなのはただの理屈で、愛されることに理由を求めている証明だ。
人それぞれ理由はある。
納得できる理由がなければ、それは“愛ではない”と否定しようとしていた。
エレオノーラは自分で自分が辛くなるように追い込んでいた。
「条件はあるさ。無償の愛なんて都合よくないよ。何らかの条件があるから愛せる。リベルトを愛せるのも“リベルトである”という条件があってのこと」
「ジーナ様、言っていることが無茶苦茶です……」
「わりぃわりぃ。あたしにはまだわかんねーから理由をつけたくなるんだよ」
「だからさ」と、ジーナは穏やかに微笑み、エレオノーラの凝り固まった考えを打ち砕く。
「好きならそれでいいじゃん。愛されることを受け入れるかは姫さんが決めることだよ」
「――そうですね。どんな理由があっても好きは好き」
エレオノーラにも受け入れられる愛、受け入れられない愛がある。
どうしたいかはエレオノーラが決めること。
今は受け入れられなくても、時間が解決してくれるかもしれない。
相手がどう思っていたかは別にして、エレオノーラは家族をどう思っていたか。
それが大事なのだと、今は自分を納得させるためにもそう思うことにした。
「リベルトの愛は受け取りたい。愛したい。それだけで十分ですね」
「まっ! がんばりな!」
ジーナの励ましにエレオノーラは肩の力を抜いて笑えるようになった。
リベルトと繋いだ手を握りなおし、この手を離さずに前に進んでいこうと決意を固くした。




