8.北の領地へ(1)
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いつ城から追手が来るかもわからないため、これ以上アニータに迷惑をかけられないと、慌ただしく教会を去ることにした。
長距離用に荷馬車を用意し、ジーナがアニータと別れの抱擁をした。
「世話になった。また王都に来たときはよろしくな」
「ジーナちゃんに神の御加護を。そしてどうか辺境伯らしく成長してくださることを願っております」
「あっはっはっはっ! なんとかがんばるさー!」
馭者の女性が馬を撫でると、荷を積む後車部の厚い布を上げて中に入るよう促してくる。
軽い足取りでジーナは馬車に入ると、ひょっこりと顔を出し、アニータに大きく手を振った。
「じゃあね、シスター! さて、姫さん! リベルト! 行くよ!」
ジーナが手を差し伸べてきて、エレオノーラとリベルトが頷きあうと手を掴んで飛び乗った。
エレオノーラは中に入ると優雅にターンをして、ロングスカートを摘まんでアニータに丁寧なお辞儀をした。
「アニータ様。本当にありがとうございました」
魔女の姫らしい気品ある姿に、アニータは微笑んで手を振って見送った。
「皆様の旅路に幸多からん事を」
馬車が走り出し、ジーナが統治する北の辺境地へ。
誰に見られるかもわからないので外套のフードを被り、膝を抱えて小さくなる。
ガタガタと不安定に揺れる荷馬車に、エレオノーラは木箱を支えにしがみついていた。
「エレオノーラ、大丈夫?」
バランスがとれずにいるエレオノーラに、リベルトが心配そうに顔を覗き込ませてくる。
「えぇ、大丈夫よ。馬車って思っていたより揺れるのね」
「そりゃ、王族が乗っているような馬車に比べたらどれも安物だよ」
ジーナの鋭い突っ込みに、エレオノーラは世間知らずが露呈して血を吐きそうになる。
外に出たことがないため、城に訪れるような近郊貴族が基準になっていた。
途切れることのない無知の嵐。劣等感に悩み続けた日々も、抜けてしまうと次の恥がやってくる。
(いつになっても悩まずにはいられないということね……)
「まあ、気にしない気にしない。でも城暮らしとは生活スタイル大分変わるから覚悟しなよ?」
ゲラゲラと腹を抱えながらジーナが笑うと、四つん這いになって馭者席まで進み、乗りこんでいく。
布で隠れていた馭者席が開放され、黙って馬車を走らせていた馭者の女の子が姿を現した。
「あっ! ジーナ様、何やってはるんですか!」
「いやぁ、イレーネずっと黙ってるからさぁ」
「ううぅ……。人見知りって知っとってそうイジワルしはるんや、ジーナ様は」
イレーネに代わってジーナが見事な手綱さばきで馬車を走らせる。涙目になってイレーネは“へ”の口にすると、エレオノーラたちに振り返った。
「イレーネといいます。ジーナ様の付き人やってますんで、よろしゅうお願いします」
「エレオノーラです! こちらこそ突然すみません! よろしくお願いします!」
ペコッと頭を下げ、耳まで赤くするイレーネにエレオノーラも同じように頭を垂れた。
顔を上げたイレーネはエレオノーラに眉を下げて微笑んだ後、戸惑いがちにリベルトに視線を移す。
しばらくお互いに硬直し合ったあと、同時にペコリと頭を下げて無言の挨拶を終えていた。
(男の人に抵抗は……なさそう?)
緊張で熱くなった頬を冷まそうと手であおぎながら、イレーネはチョコレート色の髪をなびかせる。
おっとりとした目元で、童顔を愛らしいと思い眺めていたが、いつまで経っても頬の紅潮は取れなかった。
「まあそんな固くなりなさんなって! 王都に比べたら北の領地は田舎だけど、割と楽しいことだってあるんだ」
「楽しいこと……ですか?」
「パン食い祭りだよ。聞いて驚け。なんと企画者はこのジーナさんよ!」
馬を走らせたまま陽気に語るジーナにエレオノーラは目を点にする。
自画自賛?
いや、飄々としてつかみどころのないジーナのことなので、おそらくお祭りも王都で行われるものと大分趣旨が違うのだろう。
「ジーナ様は食べることしか考えてないんやから……」
「しゃーないっしょ! あたしって、全然貴族なんて柄じゃないからさ! そこらで大食い大会出てた方が楽しいわ!」
イレーネが呆れてため息を吐くが、ジーナはまったく気にも止めずに自分の気性ごと笑いとばす。
見ていて飽きない人だと、エレオノーラは木箱に捕まったままクスクスと笑った。
思い返せばジーナは常に何かを頬張っている。
教会ではアニータの作る料理に夢中になっていた。
食べ終わったあとは丸まるとしたお腹を撫でて、片手にパンを持つ。
食べられるときに食べておくを信条とし、見事な食べっぷりを発揮していた。




