7.喪失と女神(4)
食事の間を出て回廊を歩いていき、教会の両扉を開いて奥へ進む。
ステンドグラスが屋根まで届き、太陽の光が赤や青の原色を通じて礼拝堂を染めていた。
祭壇には白百合と黒百合が飾られ、清純な空気がエレオノーラの頬を冷やしていった。
「北は東西に分かれていて、それぞれに辺境伯が配置されている」
祭壇の前に置かれた教壇に腕をつき、ジーナはエレオノーラたちを長椅子に座るよう促して語りだす。
リベルトと並んで長椅子に座ると、ジーナの話をしっかりと聞き抜こうと姿勢を正して見つめ返した。
真剣な様子にジーナは満足して口角をあげると、祭壇の百合を色別に二本抜き取って、左右に一本ずつ持った。
「あたしが管理するのは北東部。北の領地の運営であり、防衛線を担当している」
北の領地と魔女の国は分断する巨大な関門が存在する。
レンガの詰まれた巨大な壁があり、結界を張って北の領地側からは人が出られないようになっていた。
北の領地に住まう男が魔女の国に立ち入ることはできない。
つまりジーナの役割は結界の維持と、男性が逃亡しないようにする関門も守りを強化することにあった。
となれば、男性の管理はまた別の管轄という流れになるだろうが……。
「北西部のことはあたしもよくわかってねぇ。だけどリベルトはそこに住んでいたんだろう」
そこが男性を管理する地だとして、エレオノーラはどのように管理されているか知らない。
本を探してみたが、男性の管理に関する記録は見つけられなかった。
想定されるのはエレオノーラには読めない書物。
ソフィアの管理下に置かれた禁書扱いなのだろう。
(あの本……。城に置いてきてしまった)
ソフィアがエレオノーラに渡してくれた同人本。
あれが見つかった場合、ソフィアは咎められないだろうか?
なぜ、エレオノーラにあの本を渡したかの答えは得られていないが、ルドヴィカに見つかるのは危険だ。
どうしようもない状況に、エレオノーラはソフィアの無事を祈るしか出来なかった。
「リベルト。あんたが一番北西部のことは知ってるはずだ。北東部とはいえ、男の管理区に隣接した地だ。そこに戻って、姫さんに危害を加えないと約束出来るかい?」
「ジーナ様!?」
「姫さん。これは大事なことだよ。リベルトは男だ。故郷に戻れば魔女への憎しみだって戻る可能性がある。もう管理された男とは違う。リベルトは反乱分子にだって成り得るんだよ」
「そんなこと、ありません! リベルトは優しい人だから! 誰かを傷つけたいなんて思うような人じゃ――」
「エレオノーラ」
長椅子から立ち上がってジーナに抗議するエレオノーラを、リベルトは手首をつかんで制止する。
今まで見たことのない底知れぬ暗闇に飲まれた瞳をしており、あまりの冷たさにエレオノーラは汗をにじませた。
エレオノーラには決して見せなかった、魔女を敵対視する“男”の目をしていた。
「俺は男だ。領地にいた時の記憶はあいまいだけど、感情は残っている。……魔女に受けた仕打ちは痛みとしてたしかにあるよ」
それでも、とリベルトは強い眼差しでジーナを見据える。
エレオノーラの手を握る手はひどく汗ばんでいて、そこにどうしようもない怯えが滲んでいるのをエレオノーラは感じ取っていた。
「エレオノーラの方が大事だから。俺にはじめて優しくしてくれた女の人。エレオノーラが悲しむことはしたくない」
「リベルト……」
「北に行っても、誰にもエレオノーラを傷つけさせない。もう怯えていられないんだ。……絶対に、守る」
不安なんて抱く必要はない。
垣根はあっても、リベルトはそれを乗り越えようとしてくれる。
エレオノーラがリベルトとの未来を見るように、リベルトも望んでくれた。
お互いにとって優しい未来を望んで、“男だから”“魔女だから”という区分は二人の間に不要と主張した。
こうしてエレオノーラを一人の人間として扱ってくれる。
無能な魔女と蔑むこともなく、強くなりたい意志も受け入れて、その上で男らしく守りたいと言ってくれた。
きっとこの感情は、男の人に寄り添って微笑んでいたいという女性の本能だ。
いくら女神・ミネルバが消し去ろうとしても、愛されたい人間の本質だけは消せなかった。
リベルトの答えにジーナは二ッと口角をあげ、教壇からスライドしてエレオノーラたちの前に降りてくる。
そして黒の百合をエレオノーラに、白の百合をリベルトに手渡した。
「二人に何してもらおうかなぁ。リベルトさんにはもう少し腕っぷし強くなってもらいたいね。感謝せよ、このあたしが直々に剣術を仕込んでやろう」
「ジーナ様……?」
「リベルト。女を守る男になりな。好きな女を、男が守る。絶対に傷つけるな。約束、出来るな?」
「約束する。エレオノーラが好きだから、俺は女の人を傷つけない」
この人は本当に強い人だ。
こんなにも強くて頼りがいのある人は他にいない。
だからこそ、エレオノーラは差別的な現状を変えていくように努めていこう。
魔女だからこそ、伝えられることはきっとあるはずだから。
あたたかい。
魔力がなくてもエレオノーラを蔑まない優しい人はいる。
ジーナに出会い、エレオノーラは北の領地に赴くことで、変わらないはずだった未来を切り開く希望を抱いた。
侮蔑の目でしか見られないエレオノーラたちが、はじめて体感する許された喜び。
かつての憎しみは捨てて、好きな人と一緒にいられる未来を創っていこうと手と手を取り合った。
きっと、女神・ミネルバだってここまで男の人の尊厳を奪うことは望んでいなかったはず。
風がリベルトを護った奇跡に感謝し、エレオノーラはジーナと共に北の領地へ向かう道を選ぶのだった。




