7.喪失と女神(3)
焼きたての黒パンを頬張り、ジーナは籠にひとまとめにおさまっていた山から次々と口に運んでいく。
「むわあ、姫ひゃんがぶひでよはっはよ。いべふとがふっほははれたほきはひっくひひたほ(まあ、姫さんが無事でよかったよ。リベルトが吹っ飛ばされた時はびっくりしたよ)」
「ジーナちゃん。お行儀が悪いですよ」
アニータに注意されると、ジーナは一気に頬袋にパンを詰め込み、ミルクを一気飲みして腹に収めた。
口の周りについたミルクを舌で舐めとって、歯を見せて二ッと笑い出す。
「なんかよくわかんねーけど、リベルトが落ちてきてすげー風が吹いたんだ。とっさに手を伸ばしたけど、全然ケガなくてね。まぁ、気ぃは失ってたから衝撃は強かったんだろうな」
「風……?」
あの場に風魔法を使える人物はいなかったはずだ。
自然発生したにしてもリベルトが無傷で着地できるほど強い風が吹くとは想像しがたい……。
「ジーナ様は風魔法を使うのですか?」
「いや? 魔法はからっきし。魔晶石取り出すくらい」
「……大分すごいですよ」
魔力量に関して、ジーナは見た目通り銀髪に見合うだけの能力しか持ちあわせていなかった。
それほど魔女としては弱い部類になるジーナが、辺境伯という重要ポジションに就いているのは、特殊な魔法が使えるからだろう。
ノルドゥの血は伊達でない。
「まるで神様に守られてるみたいな風だったよ。いや~あたしはちょっと感動しちゃったね」
「それは……女神・ミネルバの加護があったと?」
「どうだろ。女神さんが男を守るなんてあたしには思えないけど……」
「ジーナちゃん。お口が軽いです。またサンドラ様に怒られますよ?」
「げっ! やーめーてーっ! 本っっっ当に怒ると怖いんだから!!」
アニータの注意にジーナが首をぶんぶん横に振り、青くなって叫ぶ。
ジーナが怖がるということは、相当癖のある人なのだろうとエレオノーラは苦笑いをするしかなかった。
何はともあれ、ジーナを頼ってよかったと、勇気を出して選択したことに安堵した。
(いい人たちだな。こういう人もいるんだ)
ずっと行動できなかった。
母・リオナに「外に出るな」と禁じられ、無力だからと甘んじて図書館に籠もるだけの日々。
白銀の髪を気にし、嗤われることが怖くて、人の目と指から目をそらし続けた。
(お母様、さすがに気づいているよね? きっと、ルドヴィカ姉様が……)
思い出すだけでも感情がぐちゃぐちゃになる。
怒りも悲しみ、憎しみが強く出てくるが、その背後に捨てきれない家族の情もあった。
それでも殻を破り、ルドヴィカに反抗できたことはエレオノーラの枷を外していた。
もう外に出たんだ。
エレオノーラを縛るものはない。
リベルトを守るために、共存していくために、エレオノーラは自分の思うままに進めるのだから。
「で、姫さんたちこれからどうするの?」
ジーナからの問いに、エレオノーラは食事の手を止めてリベルトを一目見る。
言葉はなくても、リベルトはエレオノーラの意志を感じ取ったようで、「大丈夫だよ」と優しい微笑みをして頷いた。
迷わない。
エレオノーラは自分の意志を貫いて生きていくんだ。
「ジーナ様、お願いがあります」
「んー?」
パンを頬張り、小麦を味わうジーナ。
その変わらない緩急がエレオノーラの最後の砦を打ち破った。
「私とリベルトを、領地に置いていただけませんか? ちゃんと働いていきますので……どうか」
「俺も……もう逃げない。エレオノーラと一緒にいられるなら北の魔女にも負けない」
(北の魔女……? その人たちが男性を……?)
いわゆる北の領地で直接男性を管理する魔女だろうか?
その答えを明確にもっているのは、おそらくジーナだけだ。
(大丈夫。二人でいれば未来へ歩いていけるから)
「「お願いします」」
心を重ね、頭を下げる。
ジーナはそんな二人をじっと眺め、新しいパンを手に取って食む。
しばらく沈黙をみせたが、やがて頭を下げ続けるエレオノーラたちに折れたようで、わざとらしくため息を吐くと口からパンを離した。
「別にいいけど、お姫様扱いはしないからね? 王都に比べたらうんと貧しいんだ」
ジーナがミルクを一気飲みし、足を組みながら背もたれに体重をかける。
「たしかにあたしは北の辺境伯だ。でも一つ、正しておくよ。あたしが管理するのはリベルトがいた男性の居住地とは別だよ」
「えっ?」と、エレオノーラは顔をあげて瞬きも出来ずにジーナを凝視する。
「やっぱりわかってなかった」とジーナは困ったように後頭部をかき、テーブルに両手をついて立ち上がった。
「アニータ。ごちそうさま。少し、礼拝堂で話してきてもいいかい?」
ジーナの頼みにアニータは笑顔で了承する。
「姫さん。リベルトも。北の領地について話しておくから……一緒に来な」
指をクイッとさせてエレオノーラたちを手招きする。
エレオノーラは急いで食事を止め、アニータに一言告げると慌ててリベルトの手を引いてジーナを追いかけた。




