7.喪失と女神(2)
木のテーブルに料理ののった皿を並べ、コップにミルクを注ぎ、エレオノーラとリベルトの前に差し出してくる。
「ジーナちゃんのお友達なら大歓迎ですよ。この祈り場でシスターをしておりますアニータと申します」
アニータはサファイアブルーの髪を低い位置で一つにくくり、朗らかな微笑みを浮かべる人だ。
母や姉たちが華やかで強い容姿をしていたため、ホッとするアニータの雰囲気にエレオノーラの緊張も解けていく。
「エレオノーラです。こっちはリベルトといって……」
男の人が北の領地以外にいるはずもなく、あきらかに不信な状況にエレオノーラは言葉を詰まらせる。
「あの……悪いことなんてしません。だからその……」
対応に困るエレオノーラに、リベルトが腕を横に伸ばしてエレオノーラの盾になった。
「何もしない。だから、エレオノーラ悪く見ないで」
ここで奇異な目で見られるのはリベルトなのに、エレオノーラに反感の目を向かわせないと必死になっている。
守ろうとする意志がエレオノーラの胸を熱くし、涙腺が緩くなって首を横に振ってからすぐに胸を張った。
ここはまだ王都か、その近くのはずだ。
北の領地は遠く、一日程度でたどり着ける場所ではない。
そんな危険が付きまとう場所で、リベルトを教会に置くリスクは高い。
弱いから隙を突かれる。
だったら誰に咎められても堂々としていられるよう、エレオノーラが強くなるしかなかった。
「気にしませんよ。ジーナちゃんのお友達はだいたいワケありですから」
「シスター、その言い方ひどくない?」
互いになんとかしようと必死になる二人を見て、アニータは口元に手を当て、クスクス笑う。
ジーナをからかう余裕さに拍子抜けしていると、アニータはエレオノーラの後ろまで移動して、そっと肩に手を乗せてきた。
「エレナさん。教会は本来、平等な場所なのです。今は女神・ミネルバが祈りを捧げる対象となっております。魔法という知恵を得た女の勝利を司る信仰対象ですね」
かつて祈り場は男女ともに開かれた場所だった。
女神・ミネルバが信仰対象となった今、魔女を最高層とするカースト国家が建国された。
男の人は最下層の扱い。
リベルトが誰もが羨む黒髪黒目を持っていたとしても、最下層に当たる存在だった。
男に対する魔女の当たりは強く、ひどく差別的なので接触するのは危険だ。
いくらアニータが優しく接してきても、ちょっとしたことでリベルトに手のひらを向けられれば恐怖が頭に過った。
「リベルトッ!?」
淡い水色の波打つ光がアニータの手のひらから放たれる。
身近で見る魔法にリベルトは目を見開き、腕を包む光が消えるまで動けずにいた。
(水の魔法……。これって治癒魔法?)
光が消えるとエレオノーラはリベルトの身体に触れる。
一体何に気づいて治癒魔法をかけたのだろうと、エレオノーラはリベルトの袖を掴んで軽く引っ張った。
「腕が……」
「動きに少し違和感がありましたので治させていただきました。軽く捻っていたようですね」
アニータの言葉を受け、エレオノーラは顔面から血の気が引けていく感覚を味わった。
リベルトは一言も痛みがあることを口にしなかった。
どれほど痛かったかはわからないが、少なくともアニータに気づかれる程度には動きに出ていたはずだ。
エレオノーラが疑念の眼差しを向けると、リベルトは決まり悪そうに目を逸らした。
(やっぱり、我慢してたんだ。……もっと、ちゃんとしなきゃ。リベルトは弱音を吐かないって、わかっていたのに)
怯えていたのは最初だけ。
警戒を解いてからリベルトはエレオノーラを第一に考えて動いてくれた。
決して弱さを見せようとせず、少しでも恥ずかしいと感じれば情けないと自戒するような人だった。
「ありがとう、ございます……」
エレオノーラは手を握りしめ、アニータに頭を下げる。
魔法の使えないエレオノーラには、リベルトの痛みを軽減してやることも守るための盾にもなれない。
どれだけエレオノーラが強さを望んでも、魔力のない劣等感は嫌でも付きまとった。
「魔法は攻撃のためではなく、守るためのもの。はじまりは身を守るために生まれたと、忘れたくはありませんね」
アニータの語りは、どんな本とも違う解釈だった。
男に虐げられた怒りから魔女が誕生した。
魔女こそ至高と、逆襲からの快進撃で女神・ミネルバが国を起ち上げた。
本に書かれていることが正解とは限らない。
それはリベルトを通じて外を知ったエレオノーラが身をもって体感していたことだった。
教会の修道女として祈りをささげるアニータだからこそ、見いだした答えもあるのかもしれない。
人の数だけ魔女の国が生まれた背景への解釈があるのだと、エレオノーラは固定概念に縛られなくてもいいんだと涙を浮かべた。
(越えられない壁。もしかして、元々は男を罪人と捉えていなかったのかも……)
女神・ミネルバが魔女になったのも、切なる願いがあったことがきっかけのはずだ。
今に伝わる魔女の起源は、抉られる痛みと悲しみ、苦しさに女が身につけざるを得なかったということ。
もしかすると、今のように男性を排除するためのものではなかったかもしれなかった。
「さぁ、お食事にしましょう。あたたかいうちに、ね」
「……はい」
椅子に座り、ゆっくりとした遅めの昼食が始まった。




