7.喪失と女神(1)
*** 7 ***
誰かを憎みたかったわけじゃない。
ただ、そうするしかなかった。
明日は我が身かもしれないのに、それが正義だと大声を張り上げる聖職者に賛同して死の祭りが許せなかった。
救われない世界を憎悪して、助けてもらえないのならば自分が絶対的正義になろうと決めた。
運命のいたずらか。
すべてを拒絶した島国で、空想の存在だった魔女が誕生した。
濡れた感触と、ひんやりとした冷たさにエレオノーラは重い瞼を持ちあげる。
「エレオノーラ……」
「……リベ、ルト?」
かすれた声で名前を呼ぶと、漆黒の瞳がおだやかに細められ、エレオノーラの手を取ってうなずいた。
失われたはずの光に、エレオノーラの視界は滲んでいき、眩しさに目を開けていられなくなった。
「うっ……ううぅぅ……!」
「ジーナが助けてくれた。爆発する直前、バルコニーから飛び降りたらジーナがかばってくれた」
「怪我はない? ごめんね、守りきれなくて」
「大丈夫。エレオノーラに怪我がなくてよかった」
(あぁ……! 生きてる。生きている! 女神・ミネルバよ、感謝します)
魔女の国を作り、男を北に追いやった始まりの人。
男の人に虐げられる日々を終わらせた人だから、決して男性を守るような女神ではない。
奇跡だとしても、リベルトは生き残った。
今までミネルバの意志を自覚したことはなかったが、これは間違いなくリベルトを守る意志が働いた。
これほどまでに神へ感謝をしたことはないと、エレオノーラは泣きじゃくってリベルトに抱きついた。
「守ろうとしてくれてありがとう、エレオノーラ。……俺も、必ず強くなるから」
「うん。もう十分リベルトは強いよ。こんなにも私に力を与えてくれる」
心臓の音が心地よい。
もっともっと深く耳を傾けたいと胸に頬擦りをすると、一つ大きな音をたててリベルトはエレオノーラを強く抱きしめた。
骨が軋みそうなくらい強い抱擁に身を捩ると、あきらかにエレオノーラとは違う筋肉の厚みに圧迫される。
息が出来ないと顔だけ天に上げると、優しいキスの雨が降ってきた。
「もうっ……! くすぐったい!」
出会った時はあんなに怯えていたのに、別人に思えるくらい積極的だ。
あの頃はあの頃で可愛らしかったが、今は凛々しさが垣間見えて、胸の高鳴りが強まった。
(男の人って、力強いんだな。……もっと、もっと近づきたいよ)
潰れてしまっても構わない。
失ったと思った瞬間、この身が引き裂かれるくらい痛くてたまらなかった。
これ以上、リベルトとひと時も離れたくない。
その想いが強欲なまでにエレオノーラを大胆にしていく。
「んっ! えっ、ちょ……エ、エレオノーラ!?」
ツゥー……と、肩にかけた指を下ろしていき、鎖骨をなぞってから臍までたどらせる。
腰の骨を親指で押し、足の付け根で手を止めた。
(触れたいの。……誰かにこんな気持ちを抱く日が来るとは思わなかったから)
男でも、魔女でも、どちらでも構わない。
リベルトという存在がエレオノーラの殻を破っていく。
こんなにも破廉恥で、劣等感もひっくるめて恥さらしにリベルトが欲しくてたまらなかった。
男の人が魔女と明確に違う場所。
太ももに置いた手を更に内側に滑らせて、距離が近づくごとに熱があると実感して、期待に唾を飲みこんだ。
「おーっ! 姫さん起きたか! ちょうどパンが焼けたゾーイって……」
焼きたての黒パンを両手に、口にまで咥えてジーナが部屋の扉を開ける。
ベッドに横になっていたはずのエレオノーラが起きているだけでなく、リベルトを押し倒す勢いで密着していた。
飄々としたジーナもさすがに気まずくなったようで、口からパンを落としそうになって、慌ててキャッチをするとそっと扉を閉じた。
(あーーーーーーっ!!)
「ジーナ様! 待って! 違うんですっ!! いや、違わないんですけど!!」
「あーめでてー。めでてーなぁ、おい。こりゃ結婚も間近かなあ?」
(けっっっっ!?)
扉越しに聞こえるジーナの軽口にエレオノーラは絶句し、慌てふためいて扉を開けようとするが思うようにドアノブを掴めない。
「エレオノーラ。結婚ってなに?」
(いやあああああんっ! やめてええええっ!!)
そこまではまだ考えたことがない。
王族のために子を設けることもないだろうと悲観視していたため、想像もしていなかった恋愛脳になる。
恥ずかしさに悶え、立っていられなくなったエレオノーラは扉に両手をついてズルズルと床に座り込んだ。
それからエレオノーラは立ち直るまで時間を要したが、扉越しに香ってくる焼き立てパンに引き寄せられてリベルトと共に部屋を出た。
よろよろしながら部屋を出ると、白い柱が横一列に規則正しく並んでいた。
小さな花が植えられた可愛らしい中庭の向こう側はどうやら教会のようで、青白い空の下で濃紺の屋根が色をくっきりと浮かび上がらせていた。
女神・ミネルバを祀る場所。
暗黒時代にあったとされる教会とは別物で、女神像は飾られておらず、代わりに百合の花で祭壇に彩らせていた。
誰のおかげというわけではないが、リベルトが助かった奇跡に感謝せずにはいられない。
ジーナにお礼をするのはもちろんだが、他に伝える対象がいるとすれば女神・ミネルバ以外思い浮かばなかった。
「おーい、姫さん。リベルト。こっちだよ」
外の回廊の角にある両開きの扉からジーナが顔を出し、手招きをしてくる。
中に入ると小麦の匂いにエレオノーラは安心から腹を空かせてめいっぱい深呼吸をした。
「まあまあ! ようこそおいで下さいました! 昨晩は気づかずに申し訳なかったですね」
「いえ! とんでもないです! あっ、あの……」
エレオノーラたちが入って来たのを見て、室内にいた老齢の修道女が柔らかく微笑みかけてくる。
どうすればいいか戸惑っていると、ジーナが隣の長椅子を叩いてそこに座れと目で合図をしてきたので、エレオノーラはリベルトと確認し合って椅子に腰かけた。




