6.欲しいものは掴み取れ!(7)
「本当に……何を言っているのでしょう。大切な家族なのに……」
守ってもらえるのは愛されているからとわかっている。
だけどエレオノーラはいつも寂しかった。
結局は家族と対等でないと気づいていたから。
お荷物で、無価値の烙印を押された三番目のお姫様。
笑っていればいい。
堂々としていればいいと言われて育ってきた。
王族としてあるべき姿を見せなくてはならないと考え、心とかみ合わないちぐはぐなお姫様が出来上がった。
侮辱されても気にしないふりをして、ただひたすらに笑顔をはりつける。
それがエレオノーラの予防線だった。
(笑っているだけでいいなんて、辛かった。笑えないのに笑っていなくてはならなかった)
笑えない時だってあるんだよって、弱音を吐きたかった。
「エレオノーラ」
名前を呼んで抱きしめてくれる腕の中に、心が安らいでいく。
優しくて、あたたかくて、いとおしい。
エレオノーラが着飾る必要のない場所。
白銀の髪をした女の子に価値を与えてくれる人。
(好きにならないわけがない。私にとってリベルトは必要な人だから)
笑っているだけでいい。
笑顔はみんなを幸せにする。
自信をもって微笑むことが魔女の頂点だと刷り込んできた。
心から思っていないものは崩れるのもあっという間だ。
エレオノーラが“幸せ”を感じていなければ意味がなかった。
リベルトと過ごし、エレオノーラははじめて強くなれると思った。
笑顔は振りまくものでない。
向けたい人に向けるものだと知った。
心が伴うから笑顔は素敵だと。
エレオノーラの心に勇気を与えてくれたのはリベルトだった。
「ありがとう、リベルト。何度でも言うよ。私、強くなる」
「エレオノーラ?」
リベルトの胸を押し、壊れかけのベッドから降りると真っ直ぐにルドヴィカへ歩いていく。
恐れる必要はない。
これがエレオノーラの見せるはじめての素直な気持ちなのだから。
「大切な人が出来ました。男の人です。だから……家族の信頼を裏切ったことになります」
エレオノーラの言葉にルドヴィカは左手で頭をおさえ、青い炎を収める。
「庇いきれない。男を愛するなんて、魔女そのものへの裏切りよ。ましてや王族がそれをしては示しがつかない」
「ごめんなさい」
「……だったら、力ずくで止めるしかないわね」
冷たく言い放つルドヴィカは、もう姉の顔を捨てていた。
「魔女に男は不要。王族の義務を果たせないのならここにいる必要はない。……魔女の裏切り者」
「お姉さ――」
黒ぶちの大きな瞳が見開かれ、青い炎が血走った。
足元から高音の炎が渦巻いて燃え上がり、エレオノーラの横をすり抜けて一直線にリベルトへと向かっていく。
「リベルトーッ!!」
ダメだ、間に合わない。
手を伸ばしたところでエレオノーラには魔力がなく、ルドヴィカの攻撃を相殺する力はない。
すべてを消し炭に変えてしまうルドヴィカの炎がベッドに直撃し、あまりの威力にバルコニーへ続く窓ガラスが一瞬で割れた。
パチパチと火花が弾ける音がする。
エレオノーラを巻き込むことなく通過した炎は、目で追いかけることも出来ずに後ろで爆発した。
毛穴という毛穴から汗が噴き出て、恐怖に振り返って……瓦礫の山になった部屋にエレオノーラは悲鳴をあげた。
(うそっ! 嘘だ! こんなことって――!)
「リベルトッ! リベルトーッ!!」
足が震えて動けない。
情けなくもその場に足止めされ、エレオノーラは泣き叫ぶしか出来なかった。
「私から母上には話しておくわ。……男は魔女の敵よ。少しは反省なさい。これがあなたの姉として出来る最大の譲歩よ」
ルドヴィカは気だるげに髪をかき上げて、長い髪を背中に流す。
エレオノーラは這いつくばって瓦礫の山まで向かうと、割れた石を一個ずつ投げて壊れたバルコニーへ向かった。
傷心状態のエレオノーラにルドヴィカは呆れてため息を吐くと、部屋の外で震えていたアリシアに振り返って片付けるよう命じていた。
先ほどまでリベルトがいた場所は瓦礫の山。
焦げ臭さがエレオノーラの鼻を劈き、灰が外からの風に吹かれて目が痛む。
擦り切れた身体が痛いはずなのに、胸の方がずっと痛くて視界が霞んで何も見えなかった。
(リベルト、リベルト、リベルトォ……!)
どこへ行ったの?
嘘だと言って。
せっかく想いを交わせたのに、どうしてリベルトはいないの?
喉を胃液が逆流して、口から酸っぱさと苦さが混じった黄色い液体が吐き出された。
喉を裂いた痛みに、爪をたてて砂利を握りしめた。
ルドヴィカを姉だと慕い、愛しているはずなのに。
内側からどす黒い感情が湧きあがって止められない。
舌をかみ切りそうな狂い方でエレオノーラが叫びながら、ルドヴィカに駆けて拳をぶつけに行く。
それもあっさりと魔法で足をすくわれ、惨めに転倒した。
力を持たないエレオノーラがルドヴィカに抵抗も出来るはずがない。
悔しさよりも許せないという感情が上回り、エレオノーラは大好きな姉を憎悪に睨みつけた。
「返してよ……。リベルトを返してよぉおおおっ!」
「エレ……!」
「ストーップ!!」
鋭利な石を握りしめてルドヴィカに襲いかかる。
抵抗できるはずのないエレオノーラが怒りに飲まれてルドヴィカに刃を向けた。
それが振り下ろされて、ルドヴィカの目を突き刺そうとしたとき――背後からエレオノーラは押さえつけられ、攻撃の手を止められた。
「! あなた……!」
「姫さん! ここは引け! あたしに付いてきな!」
「あっ!? 離して! リベルトをっ……リベルトの敵を……!」
「いいからっ! 来るんだ!!」
細い腕からは信じられない強さでどこからか現れたジーナがエレオノーラを引っぱっていく。
あまりの力強さにエレオノーラが暴れても、ジーナはものともせずに肩にエレオノーラを抱えて走り出す。
「第一王女様! しばらく姫さんは預かるぜ!」
「まっ……待ちなさい!!」
「待ったないっよー!!」
この場には似つかわしくない能天気な声を上げて、暴れまわるエレオノーラを抱いたままジーナは壊れたバルコニーを飛び出した。
急降下にエレオノーラは壊れたバルコニーを睨みつけて憎悪に燃える。
「お姉様なんてダイキライッ!!」
その時、ルドヴィカはひどく傷ついた表情をしていたが、エレオノーラが気にかけることもなく。
炎が広がって黒煙が空を覆っていくのを睨みつけるしか出来なかった。




