6.欲しいものは掴み取れ!(6)
「なんで男は魔女に支配されているんだろうって、ずっと疑問に思ってた」
ポツリと呟かれたリベルトの言葉に、エレオノーラは身を固くする。
「その感情から遠ざかっていただけで、近づくと少しだけわかった気がする。……女の人に触れたいのは男の本能なんだ」
「本能……」
「だからって相手が嫌がっているのに無理やり触るのは違うのもわかった。……魔女だって、同じだ」
悔しげに拳を握りしめたあと、泣きそうな顔をしてリベルトは微笑んだ。
エレオノーラには魅力的でたまらない瞳に、何を焼き付けてきたのだろう?
北の領地に追いやったのが魔女だとして、そこで差別を受けて魔女を憎むようになったのは……かつての逆転現象。
どれだけおぞましいことが起きたの?
それを魔女は男の人に繰り返しているの?
想い合う心があればそんなことにはならないはずなのに、どうして支配し、支配されて、憎しみを連鎖させてしまうのだろう。
少なくとも今、エレオノーラはリベルトを傷つけたくなかった。
それはエレオノーラがかつての苦しみを知らないからそう言えるのか。
リベルトはどこまでの苦しみを抱きながらも、エレオノーラを好きだと言ってくれたのか。
想像以上に魔女と男の垣根は深いだろう。
(それでも私はリベルトの悲しみを癒したい)
「エレオノーラ?」
「大丈夫。……変えていけたらいいね。私は、リベルトを大切にするからね」
「――うん」
抱きしめ合って、気持ちを確認する。
無理強いはしない。
想いが重なればその先は自由だ。
――どうして、人は優しくなれないのだろう。
力が人を踏みつけて、力で報復するしか道を選べなかったのが、暗黒時代から語られる歴史なのに――。
その破壊音は希望を打ち崩す現実だった。
「きゃあああああっ!?」
扉が吹き飛ばされ、寝室の壁が崩落する。
石片が飛び散り、白い粉塵が一気に充満した。
リベルトがエレオノーラをかばって前に出て、崩壊した先を睨みつける。
「結界が揺らいだと思い来てみれば、これはどういうことかしら?」
聞き慣れた落ちつきある声は、やけに冷えて聞こえる。
リベルトに庇われたその向こう側に、風の渦を手のひらに浮かすルドヴィカが立っていた。
「大きな争いがないからって怠慢ね。護衛がいてこれでは何も守れないわ」
瓦礫の散らばった床を、黒いドレスをまとった最高位の魔女が歩いていく。
その言葉に寝室の外でアリシアが身を小さくしている姿を見つけた。
「アリシア……?」
「ごめんなさい……。ごめんなさい、エレナ様。あたし……」
「さっさと捕らえる動きくらい見せなさい。これは男による魔女の冒涜よ」
ルドヴィカがアリシアを一瞥すると、アリシアは真っ青になって手に魔力を集中させる。
アリシアは水系統の魔法の使い手だ。
手のひらから水が放出され、瓦礫まみれの床を濡らしていき絨毯に浸食していった。
何が起きたか冷静になって把握できず、エレオノーラはリベルトの腕を引いてルドヴィカに叫び散らかすしかない。
「ルドヴィカお姉様! やめてください!! 何も悪いことはしていないわ! どうしてこんなっ……!」
「するのよ、これから」
「えっ……?」
おぞましい怒りの炎を瞳に燃やし、ルドヴィカは戸惑うエレオノーラを捕らえて離さない。
風に青い炎の玉が混ざり、リベルトの心臓を狙ってかざされた。
「その男をこちらに引き渡しなさい」
ルドヴィカが目を細めて艶やかに微笑む。
その姿が母・リオナと重なった。
このわざとらしい笑みを浮かべるのもまた、ルドヴィカの王族としての意識的な行為であった。
「分別くらいつくわよね? 子どもではないのだから」
「いやです。私はリベルトと一緒にいるだけです。それの一体何が悪いと――」
「悪いことよ。秩序が乱れる」
「これはお母様が……!」
「母上も間違うことはあるわ。それを正すのが娘であり、王女の務めよ」
ルドヴィカの言い分はわかる。
だがそれで諦めるほど、エレオノーラは良い子でいられない。
母や姉たちに守られているだけのお姫様は止めて、大好きなリベルトを守れる強い人になると決めたから。
「リベルトを譲るのだけはいやです! リベルトを愛しているんです! 私はリベルトとずっと一緒にいると誓いました! だから絶対に離さない!!」
「その愛とやらは家族より大事なの?」
底のない黒曜石の瞳がエレオノーラを映す。
決してリベルトを映すことなく、エレオノーラだけをとらえて離さない。
姉として、魔女として、王族として、ルドヴィカはリベルトを受け入れない。
瞳に宿る青い炎は、生まれながらに焼き付いたルドヴィカの誇りだった。
「エレナ、あなたを大事に思っているのは私たちよ。あなたのためを思って言っているの。 お願い、わかって」
その愛の言葉は、急速にエレオノーラの心を蝕んでいく。
今までは甘くて優しいものだった。
変わらずエレオノーラは家族を大切に思っている。
心からエレオノーラのためを思っての発言だとも理解していた。
「……エレナ?」
それでも感情は割り切れない。
エレオノーラはリベルトに手を伸ばす。
姉たちはどんな時もエレオノーラの前に立ち、罵倒する言葉の盾になってくれた。
ねじ伏せるように相手の前に立ちふさがる高い壁だった。
それを見上げるエレオノーラの表情は影になり、相手に決して見られることもなかった。
「家族でなければ……大切にしてくれましたか?」
「エレナ? 何を言って……」
「家族でなかったら、私は真っ当に扱ってもらえましたか?」
ルドヴィカの動揺に、エレオノーラは積年の想いが涙となってあふれ出す。
こんな醜くて嫉妬まみれな言葉は吐きたくなかった。
自己嫌悪に消えてしまいたいのに、言わなければ伝わらないことを知ってしまったエレオノーラは止められなくなっていた。




