6.欲しいものは掴み取れ!(4)
(思い立ったが吉日! ちょっと遅い時間だけどソフィアのところに行こう!)
粘り強く通いつめればソフィアに会えるかもしれない。
年に数回しか会えないソフィアだけれども、しつこく扉を叩けば開けてくれるかもしれないとエレオノーラは楽観視していた。
気持ちが昂っているうちにと、エレオノーラはベッドから降りて寝室を飛び出す。
「うっ!」
「キャッ!? えっ! リベルト!?」
扉を開くや鈍い衝突音がして、慌てて身を引っ込める。
隙間からのぞくように顔を出すと、扉の角に額をぶつけたリベルトが顔面を抑え込んでいた。
思わぬ出会い頭にエレオノーラはとっさの反応で扉を閉めてしまう。
頭の中はリベルトでいっぱいになっていたが、三日間も顔を合わせていなかったので途端に気まずさが働いた。
(何やってるの私! こんなのリベルトを嫌がってるみたいで……)
「ごめん。俺、全部忘れるから」
扉越しに聞こえた沈痛な声に、息が止まる。
「男なのに期待した。俺がエレオノーラと並べるはずなんてなかったから。……だからごめん。俺、ちゃんと忘れるから。もう、エレオノーラを困らせないから」
カタン、と物音がしてリベルトが遠ざかる気配がした。
焦燥感が支配する。
全身から血の気が引けていく感覚と、脈が心臓になったみたいな騒がしさに、ドアノブに手をかけずにはいられなかった。
少し前なら怖くて、囚われのお姫様気どりに泣いていた。
今は欲しいものに手を伸ばさない自分が嫌だった。
何よりリベルトとの未来を失う気がして、それだけは嫌だとエレオノーラは歯を食いしばって扉を開いた。
「リベルトッ!!」
赤く擦れた手は包帯で隠す。
転倒したことで勢いをつければ引きつるような痛みが走る。
――それが何だ。
心まで隠しては、一生欲しいものは手に入らない。
守られる自分ではなく、好きな人を守れる自分になりたいとエレオノーラはリベルトに飛びついた。
「エレ……」
かぶりつく。
啄むような小鳥ではいられない。
淫らでもはしたなくても構いやしない。
それくらい余すことなく深く触れてみたいのだから、欲望とは際限がないものだ。
リベルトに嫌がられるかもしれないというバツの悪さも、全部で噛みつきたい。
見様見真似ながらに引き寄せられるまま、舌を押し出してリベルトの口を割った。
くちゅり、といやらしい濡れた音がする。
自分からそれを鳴らしているのに、頬は強張って喉が焼けた。
背伸びをして首に両腕を巻きつかせていると、刺激が腹にまで通じて熟しそう。
溢れる気持ちに視界が揺らぎ、これ以上リベルトの漆黒の瞳で困惑に見つめられるのは耐えられないと舌でリベルトを突き放した。
「……好きなの」
熱に浮かされて甘えたな声で呟く。
「私がリベルトを好きなのは、こうして触れたくなる意味での好きだよ。こんなのはおかしいって思っていたけど、想わずにはいられないの。……ごめんなさい」
自分勝手な想い。
リベルトの気持ちも聞かずに触れた罪悪感。
こんなのはちっともリベルトと対等ではない。
エレオノーラは押し付けがましい感情に、このまま消えてしまいたいとさえ思うようになっていた。
「どうして謝るの?」
「えっ?」
「俺が魔女を嫌ってるから? エレオノーラが魔女だから謝るの?」
「ちがっ……!」
「もしここで、俺がエレオノーラを組み敷いたらエレオノーラは俺を憎むだろう!?」
ガンッ……とやるせなさにリベルトは扉を叩きつける。
あきらかに傷ついた表情をするリベルトに、エレオノーラは首を何度も横に振って涙を流した。
憎んだりするものか。
だってエレオノーラはリベルトを愛している。
好きな人に触れたいと思うのは当然の感情ではないか。
もしエレオノーラに魔力があって、力でリベルトをねじ伏せることが出来ていたら、好き勝手に触れた?
そんなことはないと言いきれない。
現にエレオノーラは勝手にリベルトにキスをした。
返事ももらっていないのに、己の感情のまま、ぶつけるように。まるで暴力のように――。
「せめて俺の気持ち、聞いてよ……」
弱った声で呟き、リベルトはエレオノーラの肩に顔をうずめた。
指通りの良い細い黒髪に、エレオノーラはおそるおそる手を伸ばして抱き寄せる。
溢れる感情に翻弄される中、エレオノーラは少しだけ恋愛というものが思うようにならないものと気づく。
もしかしたら暗黒時代も、こうして男女はすれ違っていたの?
欲望のまま、暴力で満たすしかなかったの?
女が望まないまま、男に抵抗も出来ずにいたとしたら、それはきっと憎しみとなるだろう。
エレオノーラだって嫌だ。
リベルトでない相手に触れられたとしたら男だろうが魔女だろうが、死にたくなるくらいに苦しいはず。
自分の行いをもって、エレオノーラは感情の押しつけがいかに恐ろしいことかを知った。




