6.欲しいものは掴み取れ!(3)
「さて、姫さん。教えるのはいいとして、知って姫さんはどうするつもりだい?」
以前、ジーナと並んで話した噴水まで歩いていき、エレオノーラは鼻をかみながら洗ったばかりの手を見下ろす。
「魔女と男の人の垣根をなくしたい。リベルトと一緒にいるためには、少なくとも男の人への偏見をなくす必要があると思います」
「それは気の遠い話だよ。魔女が頂点に立つまでに争いがなかったと思うかい?」
ジーナの問いにエレオノーラは首を横に振る。
「男の人が女を力で征服していたのであれば、魔女が生まれたところで男の人が納得するとは思えません。必ず争いがあった」
「そもそも論だけど、姫さんは男が女を虐げていた時代が本当にあったと思ってるのかな?」
「歴史書ではそう書いて……」
「歴史なんて時間をかければいくらでも改ざん出来る。あたしは記録じゃなくて、姫さんの考えが聞きたい」
それが真実だとも、偽りだともジーナは明言しない。
だがその問いはエレオノーラが積み重ねてきた知識すべてを覆す禁断の答えだ。
口にするのも恐ろしい。
――でも、言わなくては何も変えられないこともわかっていた。
「私が知っているのはリベルトだけです。リベルトを見ていると、とても野蛮で恐ろしいとは思えません。……優しくて、いつも私の心に寄り添ってくれる。少なくともリベルトは歴史書のような男性とは違います」
男性がどのような生き物か理解していない以上、エレオノーラに明確な答えはない。
ならばこれまで傍で見てきたリベルトを語るのが、エレオノーラに出来る最善だ。
この想いがあるからエレオノーラはますます外を知りたくなった。
無力だからと歯止めをかけてなんていられない。
「世の中にはいろんな人がいるよ。魔女にだっていろんな考えも持つ奴がいる。一概に男だから悪者とは言えないんじゃないかなあ」
「それは、ジーナ様が男の人を近くで見てきたからそう思われるのですか?」
その問いにジーナはニヤッと口角を上げるだけで答えなかった。
腰にさげる剣の柄に指を滑らせ、立ちあがるとエレオノーラの前に仁王立ちをした。
「今日はここまでだ! また明日、ゆっくり話そう!」
「えっ……えぇ!?」
唐突すぎないか、とエレオノーラが唖然としていると、ジーナは肩を回して関節をぽきぽきと鳴らす。
城という堅苦しい場所は不慣れだとぼやきながら、エレオノーラを一瞥してわしゃわしゃと白銀の髪を撫でまわしてきた。
「あたしは明後日まで城にいる。それまでに姫さんは何をしたいのか、しっかり考えな」
何をしたいか。
それはエレオノーラがどう行動するのか問うているのだろう。
ジーナに北の領地のことや、魔女と男の歴史を聞いたところでそれをどう生かすかはエレオノーラ次第。
教えたところで何の役にも立たない可能性だってあると、ジーナは警告しているのだ。
(どう……したい? 私はリベルトと……)
一緒にいたい。
それはどんな風に?
外の情報を得たとして、エレオノーラがリベルトとずっと一緒にいられる未来は作れるのか?
少なくとも母や姉たちに守られている今のままでは、いくらエレオノーラが“男性は怖くない”と訴えたところで誰の心にも響かない。
机上の空論では説得力はない。
本を読んで知識を得たところで、それは誰かが書いたものであり、エレオノーラの経験に基づいての言葉ではないのだから――。
ジーナと別れてからエレオノーラは部屋に戻り、枕元に投げっぱなしの同人本を手に取った。
最後まで目を通したとはいえ、エレオノーラには噛み砕ききれていないことばかりだ。
本の内容は至ってシンプルな恋愛小説。
同じような内容は魔女同士の恋愛として世の中に流通していた。
唯一異なるのは、男女の恋という点だけ。
本当に男性が女性を虐げていたのだとしたらこんな恋愛小説は生まれるはずもないと、エレオノーラには不可解でしかなかった。
(リリー……。この人が作者なのよね? どうしてこの本をソフィアは持っていたの?)
長く保管されていた魔法の形跡がある。
これが暗黒時代に書かれた本と仮定して、時間経過による劣化から守るため、ソフィアが魔法をかけていたと思われる。
もう一度、ソフィアに話を聞きに行くべきだろう。
どうして国に納本もされずにソフィアが持っていたのか。
何を意図して、このタイミングでエレオノーラに本を渡してきたのか。
今まで怖くて聞けなかったことがあふれ出す。
エレオノーラはもう止まろうなんて思っていなかった。




