5.男と女(5)
「ごめん。俺は男だよ。何を思ってエレオノーラがそんなことをしたかはわからないけど……俺はきっと同じことをしたら傷つける」
それはどういう意味?
尋ねたいのに声が震えそうで何も言うことが出来ない。
「男は女を傷つける。だから、期待させないで」
「わ……わたし……は……」
「忘れるから。……今日だけは、ごめん。許して」
扉からリベルトが離れていく。
姿は見えないのに心の距離まで遠くなっていくのがわかり、エレオノーラはあふれ出す涙を止められずに声を押し殺した。
(私、最低なことした……)
傷つけたのはエレオノーラだ。
リベルトの気持ちを聞かずに勝手に触れた。
互いの同意がないと許されないもの。
強欲さが行動に出た。
(どうしよう。私……好きなんだ、リベルトのこと。本当に……特別な意味で)
相手が魔女だろうが、男だろうが、そんなことは関係ない。
リベルトという一人の人物として、エレオノーラは触れたくて、魂が焦がれた。
許されない。
でも許されたい。
どうしたらいいのかわからない。
動こうにもエレオノーラはあまりに無力で、守られているだけのお姫様だったから――。
結局エレオノーラはリベルトに合わせる顔がなく、朝を迎えた。
ぼーっとベッドに横たわったまま過ごしていると、決まった時間に起こしに来るアリシアが部屋へと入って来た。
「エレナ様!? なんて顔をされているのですか!?」
アリシアが絶句するほどエレオノーラは酷い顔をしていたらしい。
慌てふためいてアリシアはホットタオルを作りに飛び出し、腫れぼったくなったエレオノーラのまぶたを優しく拭った。
「もう。せっかくの美人さんが台無しですよ」
「……美人じゃないわ。私、こんな髪色だし……」
魔力を持たないくせに、魔女として生きているお荷物さん。
本当に美人なのはリオナやルドヴィカのように艶やかで、人を魅了する見事な黒髪の持ち主だ。
エレオノーラには何もない。
リベルトを守れるだけの、魔女らしさなんてものは何一つ持ちあわせていなかった。
「ほーんと、エレナ様は卑屈にお育ちになりましたね。アリシアはこの先が心配です」
「アリシアくらいよ。私の専属で居続けているのは」
「仕方ないですよ。わたしはエレナ様のお姉ちゃんですから。……って、王族にそんなことを言ったら不敬罪になってしまいますね」
「……そんなことにはならないわよ」
軽口をたたくアリシアにエレオノーラはつい笑ってしまうと、アリシアは「ですよね」とはにかんだ。
寝起きのエレオノーラの、背中まで伸びた長い髪に櫛を通して整えていく。
「あら? また本を読まれて寝たのですね」
枕元にはソフィアから借りた同人本が置かれている。
途中まで読んでそのままだったと、エレオノーラはアリシアに頼んで本を取ってもらった。
「何の本ですか? ずいぶんと古そうですが」
「恋愛小説よ。男の人のこと、書かれているの」
「げっ。今までで一番の悪趣味ですね。よくそんな内容の本を見つけましたね」
誰が聞いても魔女が男に好意を抱くなんておかしな話だ。
苦笑いをして誤魔化し、アリシアから本を受け取るとパラパラとページをめくって最後に記載された著者名や出版元を確認した。
しかしその本は同人、つまり国の認可外のもののため個人名が書かれているだけだった。
(リリー? 字が滲んではっきりと読めない……)
どうしてだろう。
頭の中にリベルトと過ごした中庭の花が駆け巡って、焼け野原が広がった。
生まれて城から出たことのないエレオノーラの中を、モノクロの見知らぬ世界がかき乱していく。
『あたしね、お……んの……いた本が好きなんだ』
誰?
プラチナブロンドの髪が揺れて、透きとおるような青い瞳がこちらを見ている。
燃え盛る炎と黒い煙。
空にはカラスが飛び交って、赤黒い夕日が落ちていった。
『こんな世界でも素敵な恋があると信じたかった。だけど……あたしたちはこうやって踏みにじられるしかないのかな?』
違う!
そんなことない!
そう叫びたいのに涙が止まらなくて、過呼吸になって「嫌だ」と心で天を否定するしかなかった。
『ただの夢物語だったのかな? ごめんね――』
『わかったわ! わかったからもうっ……!』
『あたしは魔女なんかじゃない。なのにどうして……』
燃えカスとなった積み木に、焦げて朽ちた一本の柱。
そこには真っ黒な炭が人の形を成して残っている。
ただ生きることに必死だっただけなのにどうして――?
絶望を天に叫ぶ。
女というだけで身を粉にし、泥をすする日々。
尊厳を踏みにじられて、革靴に舌を這わせなくてはならない。
――女は卑しいと決めつけられて。
挙句の果てにこの結末ならば、全部を覆してやる。
魔女だと罵ったすべてに、魔女となり報復してやろう。
何年、何十年、何百年と、憎しみの業火に焼かれて地べたを這いつくばれ!!
「――ナ様! エレナ様!!」
ハッと我に返った時、全身からびっしょりと汗が噴き出ていた。
「大丈夫ですか? 具合でも悪いのですか?」
「だ……いじょうぶ。大丈夫よ」
一体、何を見た?
たしかに鮮明に見えていたはずなのに、もう頭の中には恐怖以外残っていない。
エレオノーラの知らない光景。
いつ、どこでこれを見たのだろう?
服に汗が張り付いてキモチワルイ。
喉が渇いてどうしようもなくなり、アリシアに頼んで水を持ってきてもらった。
コップ一杯分を無理やり喉に流し込み、一息つくとエレオノーラはもうしばらく休むと言ってベッドに横になった。
今はただ、少し休みたい。
考えるべきことはたくさんあるけれど、冷静になれない状態が続いた。
それからエレオノーラは三日間、気まずさにリベルトを避けてしまい、顔を合わせなかった。




