5.男と女(4)
「好きだから一緒にいたってことよね? 結婚なんて魔女同士でも滅多にしないのに」
魔女は魔法があれば一人で子どもを作れる。
それが魔女の当たり前であり、旧時代の価値観は自然と廃れていった。
痛い思いをするくらいなら、女だけで生きていける国を作る。
力にねじ伏せられ、抵抗出来ない女であったが、魔女の出現により革命が発生。
男と女の住む場所を明確に区分し、魔女を最高層としたカースト国家が誕生した。
互いに尊重できなくなった結果の不要論が当たり前となり、現代に至る――。
(つまり、男と女は愛し合うことが出来た歴史があるということ?)
愛し合うことが出来て、なぜ暴力に至ったのだろう。
誓約が破棄されるほど、軽いものだったのか。少なくとも魔女にとって誓約は拘束力の強いものだ。
「男の人を愛するってなに? 好きとどう違うの? 誓約が出来るほどすごいものなの?」
「エレオノーラ」
「! リベルト。どうしたの?」
扉がノックされ、リベルトがエレオノーラの部屋に入ってくる。
何となく気まずさを感じてしまい、とっさに同人本を閉じてリベルトに歩み寄った。
「アリシアさんが花を変えてくれた」
そう言ってリベルトは部屋に飾られた花瓶を指す。
庭に咲き誇る色とりどりの花を摘んできたようで、エレオノーラが同人本に集中している間に変えてくれたようだ。
「キレイね。この前作ってくれた花冠もすごく綺麗だったなぁ」
リベルトと過ごした日々はどれもが色鮮やかで大切だ。
色味のない白いだけの髪に色を添えてくれた喜びは、いつ思い出しても胸が温かくなる。
「俺の部屋にも、花を飾ってくれた」
「えっ? アリシアが……?」
あれだけリベルトを嫌厭していたアリシアが、リベルトの部屋に入って花を飾った?
想像もしなかった出来事にエレオノーラがリベルトの寝室をのぞき込むと、枕元の小さな丸テーブルに数本だが花が活けてあった。
男だから近寄ろうとしなかったのに、いつのまにかアリシアも花を分けていいと思うくらいになっていた。
その小さな一歩が何よりもうれしくて、感極まって涙があふれ出てきた。
「エレオノーラ? どうしたの?」
うろたえるリベルトにエレオノーラは首を横に振り、指先で涙を拭う。
「うれしいのよ。リベルトの良さがアリシアにも伝わったのかなって」
その言葉にリベルトはもの切なそうに微笑むと、花瓶の花を一つ手に取ってエレオノーラの髪に挿す。
「エレオノーラに好いてもらえれば、俺はそれで十分」
「当たり前よ! ……リベルトはもっと欲張ってもいいのに」
夜空のように深い瞳に見つめられると胸が締めつけられて、直視できなくなる。
照れてしまうことにエレオノーラは髪を耳にかけ、指先で花弁に触れた。
甘い蜜の香りがする。
リベルトと一緒にいるといつも夢見心地になって、どこにでも飛んでいけそうな錯覚に陥った。
(どうしよう。沼に落ちるみたい。こんなにも魅力的なのは……)
「欲張っていいなら、俺はエレオノーラにもっと好きになってもらいたい」
「えっ!? な、なに言って……」
「エレオノーラは特別。他の人と違う。そう思ったのはエレオノーラがはじめて」
髪をいじくることに逃げていたエレオノーラの手をつかみ、腰をかがめてリベルトは視線を合わせてくる。
見透かすような目つきはあまりにギラギラしていて目を逸らせない。
「私は魔女よ? も、もちろん私はリベルトが男でも好きと思ってるけど……」
「魔女でもいい。……もっと近づきたいけど、これ以上は怖がらせそうで、出来ない」
喉が焼けて、全身の血が沸騰しそうだ。
熱い瞳はエレオノーラの脳裏に“男女の愛”を過らせる。
こんなのはただの盲目でしかない。
勝手に手が伸びて、リベルトの唇に指をなぞらせて、はしたないことをしている気分だ。
いい加減、認めてもいいのかもしれない。
どうしようもなく、リベルトに触れてみたい好奇心。
誤魔化しようのないあなたへの欲があふれ出す――。
「んっ……」
息が触れあう距離で、思っていたよりもぴったりとくっつく感じはない。
多分、それはエレオノーラが思いきれない距離であり、啄むように合わせてすぐに身を引っ込めた。
衝動的に動いて、我に返って唇を覆い隠す。
(私っ……一体何を……!)
「エレオノー……」
「ごめんなさい! 忘れて!」
リベルトの顔もろくに見ることが出来ず、バタバタと走って部屋から飛び出した。
扉を乱暴に閉めると途端に力が抜けて、ズルズルとその場に座りこむ。
ビビアナが令嬢と唇を合わせ、肌に触れようとしていた光景が思い浮かぶ。
あんな風に濡れた音はしなかったけれども、エレオノーラがリベルトにそうしてしまったのはビビアナの感情と同じものだろうか?
だとすれば恥ずかしくてたまらない。
自分で大胆にも手を伸ばしておきながら、羞恥心に燃えてしまいそうだ。
「エレオノーラ。聞いて」
扉越しに上からリベルトの声が降ってくる。
それにエレオノーラは返事をすることが出来ず、息をひそめて熱くなる頬を膝に埋めた。
「ずっと魔女が怖かった。今でも魔女は嫌いだ。でも、エレオノーラは好きだ」
まるで懺悔するように沈痛な声は、エレオノーラの焦燥感を刺激する。
ハッと顔を上げても、エレオノーラには扉を開く勇気がなく、震える手を見下ろすしか出来なかった。




