4.舞踏会と北の領主様(6)
リベルトを守るのが当たり前だと思っていた。
しかしそれはジーナに言わせてみれば傲慢でしかない。
自分は魔力のない弱い人間だからと言い訳していたくせに、守りたいなんておこがましかった?
(違う。放っておけないの。放っておきたくない。守りたいし、知りたいんだ。知らなきゃ前に進めないの)
「その通りです。私はリベルトが好き。だから知りたいんです。もう弱い私でいたくない。大切な人を守れるくらい強くなりたいと思うのはおかしいですか?」
魔女が怖いのは致し方のないこと。
せめてその壁を取り除いてあげたい。
誰にもリベルトを傷つけさせたくない。
理不尽なことで虐げられるなんて、エレオノーラが我慢できないから。
(怖くないよって。私は十分守られてきた。だから今度はリベルトが安心できるようにしたい)
そのために、外の世界を知りたい。
この想いに歯止めなんて効かないのだと気づき、エレオノーラは絶対にジーナを逃さないと手を掴みにいった。
「姫さんはリベルトのことが好きなんだな。きっと、特別な意味で」
「特別な……?」
好きは好きでも、どのような好きか考えもしなかった。
少なくとも母や姉たちに抱く好きとは違う。
もっと胸が温かくなったり締めつけられたりする狂おしさ。
芽生えた好きの形に戸惑うエレオノーラに、ジーナは小さく微笑むと、身体をひねって反対の手でエレオノーラの髪を撫でてくる。
銀色よりももっと色素の薄い白銀が夜空に煌めいた。
「んー、リベルトはわかったとして。あたしも要らんことたくさん言っちゃったな。後は頑張ってくれたまえ! それじゃ、さよならお姫さん!」
「えっ!? ちょっ──!」
パッと手を離し、ジーナは調子よく立ち上がって止める間もなくすたこらサッサと走っていった。
(ウソでしょ……?)
逃げるのが早すぎる。
暗闇に溶けこむようにあっという間に姿が見えなくなってしまった。
何とマイペースな人だろう。
結局知りたかったことは置き去りにされたまま。
だが独特なジーナの感性を好ましく思い、エレオノーラはくすぐったさに微笑んだ。
(また、お会いしたいな)
「来てよかったかも。 自分の似た髪色は王都にあまりいないから」
風が吹くと、庭に咲き誇る花がそよいで舞う。
月明かりに花びらが吹かれる光景は幻想的で、エレオノーラは夢のような世界に目を閉じた。
今、どうしようもなくリベルトに会いたい。
パーティーにも十分いたから抜けても大丈夫だろう。
その一心でエレオノーラはパーティー会場から離れ、リベルトの待つ部屋へと駆けていった。
「ただいまー。リベルト、起きてる?」
部屋に入ると室内は真っ暗だった。
アリシアはパーティー会場にいるため、部屋にいるのはリベルトだけのはず。
静まり返った部屋にエレオノーラは不安をあおられ、慌てて照明を灯して奥へと進む。
エレオノーラの部屋と繋がったリベルトの寝室。
結界が貼ってあるため、リベルト一人では自由に行き来することも叶わない。
暗い部屋に置き去りにしてしまったとエレオノーラは罪悪感に、急いで寝室の扉を開いた。
「リベルト! 遅くなってごめんね! 今、戻った……」
強い風が窓から一直線に扉を突き抜ける。
髪を覆い隠していた黒レースのベールが剝がれ、白銀の髪が風になびいた。
窓の枠に腰かけて月を眺める影が一つ。
青白い光に照らされた横顔の美しさにエレオノーラは魅入られ、呼吸を忘れてしまった。
「エレオノーラ?」
声をかけられてハッと呼吸を取り戻す。
冷や汗をかきながら寝室の扉をしめ、乱れた髪を手櫛で直しながらリベルトへ歩み寄る。
「起きてたのね。真っ暗だから寝てるかと思った……」
「エレオノーラ、待ってた」
真っ直ぐな言葉にエレオノーラは顔を上げ、リベルトを食い入るように見つめた。
「おっ、遅くなるかもしれなかったのに……?」
「うん。でもエレオノーラに会いたかったから」
それはどういう気持ちで言っているの?
知りたい。
だけど聞けない。
どうしてだか、ひどく恥ずかしい。
リベルトの座る窓枠に手をついて、嫉妬するほどに美しい漆黒の瞳を見つめる。
その瞳がエレオノーラに向けられると、途端にジーナに言われた言葉を思い出して頬に熱が集中した。
(特別な好きって……何? 私はリベルトをどう特別に思っているの?)
「エレオノーラ。今日、すごくキレイだね。いつもと雰囲気が違う」
「あ、ありがとう……。リベルトも綺麗よ? 毎日そう思ってる……」
出会った時よりリベルトの表情は柔らかくなった。
もうエレオノーラに怯える姿はない。
本当はこうして微笑むことが出来る人なんだと知り、かかとが浮きそうなむずがゆさに襲われる。
「俺、エレオノーラが好き」
「えっ!?」
急に好きと言われて心臓が飛び跳ねた。
「そ、それって……」
「髪。星をまとったみたいでキレイ」
「かっ……髪ね。そっか、リベルトは私の髪が好きなのね!」
早とちりをしたと、羞恥心に視線をさまよわせる。
エレオノーラの髪を好きだと言うのはリベルトくらいだと、慣れない恥ずかしさに髪に指を巻いた。
その手にリベルトが手を伸ばし、そっと重ねてくる。
「リベルト?」
「髪だけじゃない。エレオノーラは特別。魔女だけど、エレオノーラは怖くない。……対等になりたいと思うのは、ダメ?」
「ダメじゃない! ダメじゃないわ! 私とリベルトは対等よ! 私だってリベルトを特別に思ってるんだから!」
そんなことは言わないで、と切羽詰まって叫ぶと、リベルトは切なげに微笑む。
魔女と男にはどうしても越えられない壁がある。
男に苦痛を味わされた女が魔力を得て、女が傷つかない優位な世界を作り出した。
たしかに女が痛い思いをすることのない世界になったかもしれない。
だけどその裏側で、男の人が痛いと言える世界ではないと知った。
痛みが転嫁しただけだ。
エレオノーラは魔力がないことで傷ついてきたが、家族に守られてきた。
だがリベルトは男というだけで虐げられ、誰にも守ってもらえなかったんだ。
(見下すはずがない。リベルトを守りたいのは、大切に想ってるからよ?)
そのために外を知りたい。
恐れている暇なんてないんだ。
この特別がどういう意味かを知るためにも、エレオノーラは女が魔女に至った理由も、男性がどんな気持ちでいるかも知りたかった。
過酷な道だとしても、それがエレオノーラに出来るリベルトを守るための力になると信じて――。
「明日から護身術、教えるわね」
「……強く、なれるかな? 俺だって、エレオノーラを守りたい」
「ふふっ、ありがとう。すぐに強くなれる。ううん、もう十分なくらいよ」
リベルトの存在がエレオノーラに勇気を与えてくれる。
傍にいてくれるだけでエレオノーラは頑張れるんだってことを知ってほしい。
いつも以上に前向きになれるのは、月明かりに照らされて微笑むリベルトの姿が一等星のように輝いているから――。




