4.舞踏会と北の領主様(4)
そんな軽いノリで名乗る地位ではない。
辺境伯とは身分こそ伯爵だが、四大公爵に並ぶ重要なポジションだ。
北部の辺境伯は滅多に領地を出ず、表舞台に顔を出さない謎めいた存在だ。
おそらくジーナも公の場にははじめて顔を出したと思われる。
謎に包まれた存在のはずだが、いざ対面すると神秘的な雰囲気はなく、むしろリスのように頬袋へパンを詰め込む摩訶不思議な人だった。
(なんだか拍子抜けしてしまう方ね)
「ジーナ様はどうしてこちらに?」
「あー、それなぁ。ちょっとは後継のこと考えろって、先代に追い出されてさぁ」
「あ、あらまぁ……」
「あたし、子ども産む気ないから。後継には難しいけど、養子がいてもいいなぁと王都にきたのさ」
子どもに関して語るということは、おそらく年齢は二十歳前後だろう。
辺境伯の地位に就くにはずいぶんと若く、もの不思議に思いながらジーナを眺めていると、ジーナは再びパンにがっついて幸せそうに身を震わせていた。
「まぁ、そう簡単に良い子は見つからないってわけさ。気長に探していくしかないね」
大きくため息を吐きつつ、ひたすらパンを胃袋の中に取り組んでいく。
エレオノーラと遭遇してから何個目のパンだろう?
軍服なのでドレスより食べやすいにしても、まったく手が休まらないので胃袋は無限大のようだ。
深緑の軍服に、ロングブーツをはいており、チラリと見える太ももは程よい肉付きをしていた。
「ま、せっかく来たし美味しいもん食べて帰ろうと思ったわけよー!」
見ていて面白い人だ。
こうも陽気に笑う姿を見ていると、周囲に嫌味を言われても一緒に笑い飛ばせそうな気さえした。
エレオノーラは会ったばかりのジーナの人柄に惹かれており、強張っていた表情が緩んでいった。
「遠いところからよくお越しくださいました。お会いできてうれしく思います」
「どーもどーも。にしても王都ってすげぇなあ。辺境の地と常識が違う。ま、そうだよな。強い魔女の居住地だもんな」
「そんなに違うのですか?」
エレオノーラが問うと、ジーナは小刻みにうなずいてエレオノーラの口にパンを押しあててくる。
それを手に一口食んだ。
「美味いもんが多い! 辺境伯っても、北は貧しいからね。こんなやわらかいパンは久しぶりだぁ」
「北……」
そうだ、ジーナは北部の辺境伯だ。
北部とは、男性を管理下に置く北の領地を指す。
つまりジーナはリベルトが住んでいた北の領地を管理するトップの人だと気づき、エレオノーラはカッと目を開いて身を乗りだした。
「北部って男性がたくさんいるのですか!?」
「んえっ!? ど、どうしたんだ、急に……」
「あっ……いえ。その……興味がありまして……」
恥じらうエレオノーラに、ジーナは唖然として後頭部をボリボリとかく。
「あんた姫様だろ? 変わってんなぁ……。別にあたしが言わなくても王族が一番わかってんだろ?」
「城の外のこと、全然わからなくて……。本を読んでも男性について詳細に記述されたものはほとんどないんです。外見とか、野蛮な生き物だとか……。それに私、こんな髪色だから」
「髪色は気にしなくてよくない? 大事なのは人間性だろ。まぁ、男については何とも言えねーな。結構タブー扱いなんだろ。ははっ、情報の制限すげー。あー、でもそうか。辺境伯にあてられた役割を考えるとそうなるか。うん、だとしたらあたしはここにいない方がいいね」
エレオノーラの沈んだ言葉をジーナは気にも止めず、一人で納得してブツブツと呟くと、あっけらかんとして結論を出す。
質問に答えることもなく、サッと立ち上がるとパンを詰め込んだ布袋を抱えて茂みから飛び出した。
「じゃ、帰りまーす!」
「えっ!? ちょっと……!」
ちょこまかと走り出すジーナ。
出口がわからないらしく、中庭をぐるぐると走り回っては「ここはどこだーっ!」と叫んでいる。
エレオノーラはすぐさま走り回るジーナを追いかけたが、ヒールではうまく走れず、距離が広がるばかりだった。
(ダメ! これはチャンスよ!)
この好機を逃したら何も知らないままになる。
ジーナに聞けば何か変わる気がする。
今まで知らなかった世界が広がる――そんな直感がエレオノーラを突き動かした。
「待ってください! ジーナ様!!」
「ん? まだ何かあった?」
「わっ!?」
思いきり叫んで引き止めると、ジーナはピタリと足を止めて振り返る。
あれだけ走り回っていたのに、一瞬にして急ブレーキをかけてくるものだから、エレオノーラは自分を止めることが出来ずにジーナに飛びついてしまった。
「わ、私……」
息を整え、真っ直ぐにジーナと向き合う。
もうためらわない。
エレオノーラに必要なことは絶対に手に入れる。
リベルトを守るために必要なことなら、エレオノーラは怖くても手を伸ばしてやると強い眼差しでジーナを見つめた。




