4.舞踏会と北の領主様(3)
(少し、夜風に当たろう。腹を立てていては冷静になれないもの)
周りの目を無視してバルコニーに向かって一直線に進む。
「んっ……んん……!」
(誰かいる?)
先客がいたようだと、エレオノーラはカーテンの影に隠れてバルコニーをのぞき込む。
薄桃色のドレスを着た令嬢と、暗闇に溶けこみそうな漆黒が見えた。
(ビビアナお姉様!? えっ! 何をして……)
「ビビアナ様。もっ……ダメです。お許しを……」
「ダーメ。まだ足りない。あなただって物足りなさそうよ?」
「そんなことはっ……んっ……」
ドクン、ドクン、と心臓が激しく鼓動を鳴らす。
エレオノーラはすぐさまその場から離れ、熱くなった頬を両手で覆い、会場をさまよった。
見てはいけないものを見てしまった。
ビビアナが若き令嬢に手を出して、舌を絡めて接吻をしていた。
その手つきはいやらしく、熟れ始めたばかりの小さな膨らみに手を置いて、反対の手は足元からドレスの中に侵入していた。
ビビアナは可愛らしい女の子が好きで、よく手駒にしようとする。
それはエレオノーラも知っていたが、実際に女の子に手を出す姿は見たことがなく、とても破廉恥なものを見てしまったとエレオノーラは叫びたくてたまらなかった。
(やだ……。あんなものを見てしまったせいで……)
エレオノーラの内側から熱が噴き出していく。
喉が渇くような、腹の当たりがじんじんと熱くなるような。
いたたまれない感覚に、エレオノーラは葡萄酒の入ったグラスを見つけて一気に喉へと流し込む。
ずいぶんとアルコール度数が高い。
喉が焼けてしまい、苦さにエレオノーラはそそくさと会場から立ち去った。
優雅な四重奏の響く会場から離れ、エレオノーラは中庭まで逃げてくると足を止めて大きく深呼吸をする。
(ビックリした……。あれって、その……ビビアナお姉様の恋人かしら?)
エレオノーラは恋愛事に疎い。
本で魔女同士が唇を重ねたり、舌を絡ませることがあるのは知っていたが、見るのははじめてだった。
恋人同士だと更に進展し、裸になって胸を合わせたり、股の間を探るそうだ。
それがいわゆる“愛し合う行為”らしいが、それ以上でも以下でもない。
(もしかしてあれが肌を合わせるということ?)
昔はそれを男女で行っていたそうだが、男が一方的に女を組み敷いて痛みを与えていたと記録に残されている。
子を設けるには肌を重ねることが必要だったらしい。
暗黒時代は魔法がなかったため必要だったかもしれないが、魔女の国で子を設けるのは魔法で可能となった。
男は女に痛みを与えるだけ。
女と女ならば痛いことはなく、ただ愛を純粋に分かち合えると、魔女の恋愛は崇高なものとされていた。
(肌を重ねたら子が出来るってどういうこと? 子を作るのは痛いことなの?)
どの本を読んでも書かれていないこと。
この世界には本に記されていないことがたくさんある。
本の虫となって読み漁ってきたからこそ、暗黒時代について書かれた本が少ないことは重々承知していた。
それは不自然なほどに“男を悪”と定めたことしか残さなかったかのように――。
ガサガサと、中庭を彩る草木から物音がした。
誰かいるとエレオノーラが目を凝らした先に、街路灯の明かりに照らされた銀色の輝きがあった。
「んあ? お嬢さんも涼みに来たのかい?」
草木の間に座りこみ、袋に詰め込んだパンを取り出しては頬に詰め込んでいく軍服姿の女性。
自分以外に見たことのない銀色の短い髪。
瞳はほんのり青みを帯びたグレーで、少なくとも今までのパーティーで見かけたことのない人物だ。
(銀髪ってことは……魔力が少ない? 一体どこの……)
「お嬢さん、あたしに何か用?」
「あ……」
「って、よく見りゃ黒いドレスだ。ってことは姫様か!」
パンを食す手を止め、女性は勢いよく茂みから立ち上がると大げさに頭を下げてくる。
大きな身振りにエレオノーラが呆然としていると、女性は顔を上げて八重歯を見せながら笑いかけてきた。
「いやー、申し訳ない! 誰が誰とかさっぱりわからなくて!」
「いえ、大丈夫ですわ。 私、王女のエレオノーラと申します。あなたは……?」
「あたしはジーナ。ジーナ・ノルドゥ」
「! ノルドゥってまさか辺境伯の……」
「そうそう、それ。北東部の辺境伯やってまっす!」




