3.接近(3)
「別に。……強くなりたかったんだ」
「強く……?」
北の領地でリベルトがどう生きてきたか、避けては通れないような気がした。
微笑んでいてもどこか憂いと怒りを宿す瞳に、いつも魅入られて手を伸ばしたくなった。
「私、リベルトのこともっと知りたい」
「……ごめん。ここに来る前のこと、ほとんど覚えていなくて」
だけど、とリベルトはこめかみを押さえながら汗をにじませる。
「強くならなきゃいけないって、ずっと思ってた。俺は特別だからって……そう言われて……」
だんだんと呼吸が荒くなっていく。
目に見えて苦しそうにするリベルトを、エレオノーラはとっさに抱きしめた。
「いいっ……! 無理して思い出さなくていいから!」
一体どんな日々だったのか。
想像するだけで恐ろしくてたまらない。
魔女の国は女性ファースト国家で、男性は北の領地に囲われる。
集落をもって暮らしているとされているが、すべてが本に書かれた通りの理想郷ではないだろう。
魔法がなくても生きていけた時代。
その頃のまま、男性だけの社会が形成されている。
そこに女性だけがキレイにいなくなった……なんていうのは無理があったのかもしれない。
文字が読めないのは、読めないようにされた?
北の領地で文字を読める人はどれほどいるのだろう?
男性社会からリベルト一人を連れてきた母・リオナはいったい何を考えて――?
「リベルトが魔法を使えたらすごく強くなっちゃうね」
「エレオノーラ……?」
「やだな……。なんだかリベルトが遠くにいっちゃうみたい。こんなの……差別みたいだ」
手の届かない場所まで上り詰めるリベルト。
魔法を使えない女性の最下層にいるエレオノーラに、リベルトは遠いだけの人になってしまう。
リベルトを守れる強さが欲しいのに、これではまるでリベルトを下に置いておきたいみたいだ。
平等ってなんだろう?
男性だから無力なエレオノーラでも対等でいられた?
そんなのはじめから対等と呼べない。
魔女が作った基準で、リベルトを下にして能力面で劣るから同じ高さにいるように見えるだけだ。
――勝てない。
どんなに愛情をこの手に抱いても、簡単にすり抜けて遠ざかる。
愛しているといったその手で簡単に奪っていく。
ただ、奪われたくなかったからこの手は魔法を生み出しただけなのに――。
(って、私いま何を考えた?)
ほんの数秒前のことなのに、早くも忘れてしまった。
またマイナス思考なことを口にしてしまったかもしれないと、かぶりを振ってリベルトに笑いかける。
「魔法は想像なの。文字は想像しやすくするための補助でしかない。……リベルトは、強くなりたい?」
その問いにリベルトはまた黙ってしまう。
だがそれは回答を拒否するものではなく、答えを悩ませて遅れて出てくるものだった。
「……俺は、エレオノーラを守れたらって」
漆黒の瞳に、驚き固まるエレオノーラが映りこむ。
白銀の髪が流れ星のように光っているように見え、途端に恥ずかしくなってエレオノーラはギクシャクと肩を揺らした。
「リベルト……? それって……」
どういう意味? と問いたくなってすぐに我に返る。
今まで感じたことのない早さで心臓が鼓動を鳴らし、冷静さが吹き飛んでエレオノーラの視界がぐるぐる回った。
(なにこれ? これってどう受け止めるべき? どういう感情? 全然わからないわ!)
――知りたい。
のに、知るのが怖い。
男の人に抱く感情は嫌悪以外聞いたことがない。
暗黒時代、女性は男に苦しめられて生きていた。
それを脱したのが魔女・ミネルバの誕生だったとしかエレオノーラは知らなかった。
「つっ、強くなりたいなら武芸でも学んでみる? 護身術程度なら私でも教えられるわ!」
「うん。俺、それ知りたい」
「! わかったわ! 準備しておくわね! えっと……来週、パーティーに出なきゃいけないからその後でもいい?」
「うん。待ってる」
外の世界を知りたい。
だけどそれは母・リオナが許してくれないから。
そうやってずっと諦めてきたけれど、リベルトと出会ってエレオノーラの中に新しい思いが生まれる。
リベルトを守りたい。
守るために外を知りたい。
どうしてそう思うのか、無知なエレオノーラには言語化できそうにない。
魔女は魔法を手に入れるとともにある感情を忘れた。男性は魔法を使えない存在。
それ以上でも以下でもなくなった。
歴史が語るのは、男も女も同じ空間で生きていた時代のこと。
かつて子どもは男と女が肌をあわせて産むものだったらしい。
女と女が愛し合って肌を触れあわせても得ることのない――何かがあった。
(肌を合わせるって……どういうこと?)
はじまりの魔女であり、女神・ミネルバはそれを消し去った。
リベルトに触れていると、それが何かを知ってしまいそうだ。とてもイケナイことをしているみたいで、恥じらう気持ちに目を閉じる。
どうしてかな? はじめからこれだけがあれば誰も傷つかなかったのに……と。
エレオノーラは長く閉ざされていたものを、リベルトを通じて感じ取っていた。




