3.接近(2)
「うれしいなぁ。久しぶりにエレオノーラって呼ばれた。みんな、私のことエレナって愛称で呼ぶの。……あとは形ばかりの第三王女様ってね」
姉たちのついでに人々は頭をさげる。
敬意もないくせに、頭だけ下げてどんな表情をしているのやら。
道化師のように笑って、憐れみと侮辱の涙を流している?
そんな建前よりも、震える声で名前を呼ばれるほどがよっぽどエレオノーラの胸を焦がした。
「ふあぁ……。眠たいね~リベルト」
「ベッドに……」
「手握っててあげる。リベルトが怖くなくなるまでは……こうして……」
強張る手に手を重ねる。
リベルトの手は固くて荒れていた。
何かをずっと握っていたような、古傷が重なって手の皮が厚かった。
この手は葛藤を振り払うために力が入りすぎていたのだろう。
ほんの少しの愛情が、リベルトに笑顔を与えてくれるなら。
母や姉が愛情をくれたように、エレオノーラもリベルトに優しくありたかった。
エレオノーラが壁を作っていてはリベルトが心を許してくれるはずもない。
リベルトならばエレオノーラも肩を張らずに接することが出来ると気づき、安心して眠気に身をゆだねた。
男だから、魔女だから、なんて関係ない。
リベルトを怖がらせるものがあるならば、いくらでも盾となり剣となってみせるから――。
どこを見渡しても本で敷き詰められた古い紙の匂いがする図書館。
貴族であれば誰でも利用が可能だが、たいていの貴族は自分たちの屋敷にある本で十分な量をもつ。
加えて本には閲覧制限がかかるので、エレオノーラ以外の利用者は滅多に見かけなかった。
「エレオノーラは、本が好きなんだね」
「うん。男の人のことも本を通じて知ったのよ」
エレオノーラは適当に積読から一冊を手に取り、男性に関して記述されたページを開く。
「ほら、この絵。これが男性だって思ってたの。リベルトと似てないわ」
「……こういう人もいる」
「そうなの!? だったら少し怖いかも……。あっ、リベルトは怖くないわよ! むしろとっても綺麗だと思ってるわ!」
慌ただしく手を振って誤魔化すと、リベルトは気難しそうに眉根を寄せる。
リベルトがエレオノーラの元にやってきて早一か月。
順調にリベルトとコミュニケーションをとることができ、今では詰まることなくトントンと会話が出来るまでになった。
多少、周りの目はあるが堂々としていようとエレオノーラは決め込み、リベルトを連れて図書館に通うようになっていた。
(やっぱり私が読める本には偏りがあるわね。なんだか男性認識が歪められているみたい)
その可能性は高そうだと確信に近い考えを抱きつつ、それでもエレオノーラは本が好きで、もっとたくさんの人に色んなジャンルを手に取ってもらいたいと思っていた。
「ねぇ、たまにはリベルトも本を読まない? 面白いわよ」
妙にリベルトは本を避けるので言及しなかったが、今日は興味本位で声をかけてしまう。
「いい。読まない」
「好きな本とかないの?」
「……読めないし」
頬を赤らめてリベルトはそっぽを向いてしまう。
久しぶりに耳まで赤くしているのを見て、エレオノーラの胸キュンが音を鳴らした。
「リベルト。文字、読めないの?」
返事はない。
リベルトはたまにこうして恥ずかしいと感じると黙り込む癖がある。
そんな一面ですら今ではかわいく見えてしまうので、エレオノーラの庇護欲がくすぐられる。
エレオノーラにとって、限りなく好ましいリベルトの弱みを握った気分になり、胸がうずいてリベルトの腕を掴んだ。
「私が教えるわ!」
「えっ……?」
今までリベルトに何か出来たという実感が湧かなかった。
部屋に住まわせるのも、食事をするのも、結局はエレオノーラではなく王族の力だ。
エレオノーラがリベルトのために出来ることが欲しかったのだとわかり、身軽になってかかとが浮いた。
「外のことは知らないけど、その分たくさん本で補ってきたから。少しはリベルトの役に立てると思うの」
逸る気持ちのままリベルトの手を引き、椅子に腰かけてノートを広げ、文字を書く。
「文字の組み合わせで意味が変わるの。文字は全部で……」
「文字が読めたら……俺も魔法が使える?」
魔法の四属性を図に書いていると、リベルトがエレオノーラの手を掴む。
あまりに真っ直ぐな眼差しに圧倒されてしまい、エレオノーラはついペンを床に落としてしまった。
「ご、ごめんなさい……。落としちゃった」
前に垂れてくる白銀の髪を耳にかけてソワソワする気持ちを隠す。
「リベルトは……魔法を使えるようになりたいの?」
身体を起こし、何でもないふりをして会話を続けようとしたが、わかりやすく声が震えていた。
触れてはいけない何かに接触してしまった気がして、恐れが汗となり背中を伝った。
リベルトは一瞬考えて、静かに首を横に振る。




