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『最弱不遇職の詩人と歌姫』〜効率至上主義の世界で見捨てられた僕らが、世界の理を書き換えるまで〜    作者: muo


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第9話:理不尽の代価



(シーマ視点)



シーマは夜の街を歩いていた。



風景も喧騒も、いつもと変わらぬ帝都の夜。



だが、胸のざわつきだけは拭えなかった。



自身の野望。果たすべき使命。



それ以外に、私は何を求めているのか。



(……私は、何を苛立っている?)



脳裏をよぎるのは、あの兄妹の姿だ。



申し訳ないとは思う。



けれど、世界とはこういう理不尽に溢れているものだ。



安っぽい同情などしない。



それ以上に感じるのは、



生理的なまでの「違和感」だった。



デルズもソルゲアも気づいていないが、



彼らはあまりに異質だ。



妹の整いすぎた容姿。



兄の少年離れした落ち着き。



弱者を演じているのではないかという疑念が、



澱のように、音を立てて溜まっていく。



そもそも、冒険者として生きてきて



「吟遊詩人と歌姫」のコンビなど一度も出会ったことがなかった。



(まさかな……ただの、どこにでもいる兄妹だ)



そう切り捨てて、思考を整えたその時。



「あ、すみません」



人とぶつかった。



考え事に耽りすぎていたらしい。



「いや、こちらこそすまない。……あ」



顔を上げると、そこにいたのは『あの二人』だった。



なぜ、今ここで。



「……何故、私の探索網から……いや、なんでもない」



「まだこんなところにいたのか」



兄のタナカは、驚いたような表情を顔に貼り付けていた。



「タイド・シェイドの皆様のご協力もあり、



ようやく街を離れる準備が整ったところです」



「そうなんだよぉ〜。



最後にお兄ちゃんと思い出を詩にしようと思ってるんだ」



妹のクックが、彫刻のように完成された美貌を綻ばせ、無邪気に笑う。



「……そうか。私にできることがあれば」



言いかけて、やめた。



無責任な優しさは、返って毒になる。



「気をつけるんだ。この世は理不尽に満ちている」



「……二人の旅に幸あらんことを」



謝罪と同情を祈りに乗せて、それだけを伝えた。



「……ありがとうございます」



少年は、どこか見透かしたような、



奇妙な苦笑いを浮かべていた。



私は振り返らずに、その場を去った。



その夜も、いつも通りの夜だった。



いつものように、ダンジョンへ繰り出す。



いつからだろう。ダンジョンが怖くなくなったのは。



私は一人、故郷を、国を離れて冒険者になった。



止める者たちを振り切り、



仮面を被ることで己を捨て、〈シーマ〉と名乗った。



腕力も乏しい女が冒険者をするのは苦労の連続だった。



最初のダンジョンでは、



ずっと泣いていた。



けれど、



冒険者の中にも「愛」が溢れていた瞬間は確かにあった。



何もできない私をパーティに入れて育ててくれた人々。



剣を教え、生き方を教え、



私を導いてくれた。



だが――



そんな存在は儚く、そして散っていく。



やはり、理不尽にまみれた世界だった。



(何故、こんなに感傷に浸っているのだろう)



きっと死が近いのかもしれない。



そんな予兆を感じながら、今日もいつものように潜る。



いつか、成し遂げるその日まで。



地下迷宮〈バシリカ・シスタン〉



ここは誰も立ち入らない、



過去の忘れられた場所。



難易度は中級冒険者程度のはずだった。



勇者だけが通れる別の道があり、



試練の末に〈聖剣〉を入手する……。



真偽不明の噂が流れる、静まり返った廃墟。



私達は勇者ではない。



「隠し扉」があるとされる道中も、



少し骨が折れる程度だと思っていた。



だが――


ある一線を越えた瞬間。



世界は一変した。



「おい! 話が違うじゃねえか!」



デルズが血を流し、肩で息をしている。



これほど消耗した彼を見るのは初めてだった。



「この蟲は何だ……!? 魔法が、効かない!」



ソルゲアが狂ったように魔法を連発しながら叫ぶ。



闇から溢れ出す、悍ましい蟲の群れ。



その一体一体が、



A級モンスターに匹敵する戦闘力を持っている。



「一流」を自称していたタイド・シェイドが、



味わったことのない恐怖に飲み込まれていく。



「このままでは全滅する……撤退しよう!」



思わず叫んだ私に、デルズが声を荒らげた。



「馬鹿野郎! 見えるだろ!」



男の指さす先――



暗闇の向こうに、淡く輝く『光の扉』があった。



「あそこに行ける……あそこに行けるんだ!



あのガキの話は、本当だったんだよ!」



その瞳は欲に目が眩み、



正常な判断力はすでに失われていた。



「大魔法を放ちます!」



焦燥に駆られたソルゲアが、強引に詠唱を開始した。



「待て! それだと自分たちまで巻き込まれる……!」



『大火焔(ファイアーストーム)』



吹き荒れる炎が、辺り一面を焼き尽くす。



味方の位置などお構いなし。



強欲な魔術師が放った無慈悲な一撃――



爆風と熱波が、容赦なく私たちを襲う。



「あついっ!!!」



放った本人のソルゲアは真っ先に退避し、



デルズも仰け反りながら逃げ延びる。



私も退避を図ったが、爆炎に足を巻き込まれた。



「お前っ、冗談じゃねえぞ! ……だが、これで!」



「やったか……!?」



ソルゲアが、期待を込めて煙の向こうを確認する。



――だが、そこには。



カサカサ、カサカサ……。



絶望的な音を立てて、



無傷のまま這い出てくる、無数の蟲たちの姿があった。



「そんな……上級魔法だぞ……」



ソルゲアが、失意に膝を突く。



「……ッ、こりゃあ、さすがに命には代えられねえな」



デルズの顔から余裕が消え、



滝のような冷や汗が流れる。



「……撤退しよう」


 

足を引きずりながら、私は再度伝えた。



その時、ソルゲアの目が怪しく光った。



「魔力もありません。



このまま逃げても、足を負傷したシーマがいては追いつかれます」



デルズが、一瞬だけ慈愛に満ちたような顔をした。



「馬鹿野郎! 仲間を置いていけるかよ!」



「そうですね。ポーションは尽きた。



回復魔法はあと一回分だけです」



「……すまない。恩に切る」



私は、泥を啜るような思いで、



わずかな希望に縋り――頭を下げた。



ソルゲアが冷たく杖を掲げる。



唇から、呪文が紡がれる。



だが――



その温かな光が向かったのは、



私ではなくデルズだった。



「……え?」



傷ついた脚は、癒えない。



呆然とする私の前で、



ソルゲアが蛇のような舌なめずりをした。



「死んでしまえよ。お前のような、可愛げのない女は」



「リアリストのシーマなら、分かってくれるよな?」



デルズの喉が、下卑た笑いで震える。



「囮が一人いれば、俺たちは確実に助かる」



二人の口角が、



人とは思えないほど醜く吊り上がった。



「あーあ。どうせ死ぬなら、



昨日のうちに無理矢理にでも抱いておけばよかったぜ」



デルズは、ゴミを見るような視線で私を射抜くと――



全力の力で、私の腹部を蹴り抜いた。



「ぐあぁっ……!!」



内臓がひっくり返るような衝撃。



私の体は、飢えた蟲たちが蠢く闇の奥底へと、



無慈悲に放り出された。



「あばよ、シーマ。地獄で俺たちの武勇伝を待ってろ!」



背後で、二人の逃げ去る足音が遠ざかっていく。



「……ま、待って!」



声が出なかった。



分かっていたはずだ。



理不尽で溢れた、この世界のあり方を。



死ぬのは怖くない。



ただ、私にはまだ、



やり遂げなければならないことがある。



ここで死ぬわけには、



いかないのだ。



私は折れかけた足を叱咤し、



立ち上がる。



目の前には悍ましい、



蟲、



蟲、



蟲。



斬った。



走った。



無我夢中で刃を振るい続けた。



しかし、蟲の勢いは止まらない。



刺され、



齧られ、



身を切る痛みが全身を支配する。



バリ、



ボリッ、



と肉を削り取られる音が響く。



仮面は砕け、ついに私は膝を突いた。



死が、確実な足音を立てて目前に迫る。



(……お姉ちゃん、ごめんなさい)



意識が薄れゆく、その瞬間。



奈落の底から響くような――



あまりに、あまりに美しい「歌」が聞こえた。



そこで、私の意識は途絶えた。

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