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『最弱不遇職の詩人と歌姫』〜効率至上主義の世界で見捨てられた僕らが、世界の理を書き換えるまで〜    作者: muo


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第10話:仮面の女と聖剣



場面はタナカへと戻る。



タイド・シェイドと別れた後。


 

準備を整えて街を歩いていると、



クックが静かに告げた。



「タナカ、シーマが一人で動いています」



「いえ……人を避けて彷徨っているような歩き方です」



あの、仮面の女か。



「……あの人だけは、まともそうだったけどな」



僕らがいなくなったと思わせるためにも、



一度接触しておくか。



警戒しながら、彼女の進行方向に回り込む。



案の定、不自然な様子でこちらへ歩いてくる。



考え事に耽っているのか、僕の存在に気づいていない。



ドンッ!



「あ、すみません」



「いや、こちらこそすまない。……あ」



歴戦の冒険者だろうに、



仮面の上からでも驚いているのがわかった。



適当に「街を離れる準備をしている」と伝え、



最後に向き合う。



「気をつけるんだ。この世は理不尽に満ちている」



「……二人の旅に、幸あらんことを」



ありきたりな言葉。



けれど――



現実でも仮想世界でも、



こんなに優しく響く言葉をかけられたことはなかった。



振り返らず、



おぼつかない足取りで闇に溶けていく彼女。



直感した。



あの人は、耐えがたい苦しみの中で生きている。



頬を一筋の液体が伝う。



僕は無意識に口にしていた。



「……クック、ごめん。だけど――」



「わかってるよ、お兄ちゃん」



「あの人だけは助ける、でいい?」



さすがクックだ。



言葉は必要なかった。



その夜、宿の一室。



カーテンの隙間から、



帝都の冷ややかな月光が差し込んでいる。



「クック。彼らは動き出した?」



「はい。まもなく街を出てダンジョンへ向かう模様です」



では、僕らも準備にかかるとしよう。



「今から僕が詩を紡ぐ。クックはそのまま追跡を継続」



全世界の男の憧れを、今、現実に変える。



「ラジャー」



僕は静かに詩を紡ぎ出す。



『――科学者の苦悩。著名な白衣の男の歌。



彼は光を欺き、神の目すら逃れようとした。



世界は、彼の存在を忘れたのだ。』



スウッ……



「すごいな。本当に透明人間になった」



感動している僕を、クックが呆れた顔で見つめる。



「……それが全世界の男の夢ですか。嫌なデータを保存してしまいました」



「いや、ロマンっていうのはだな――」



「そもそも、タナカであれば。私は、いつでもお見せしますけど?」



「……ありがたいけど、ロマンは別物なんだ」



世界の男たちの声を代弁して、そう伝えた。



「それより行こう。勝手に死なれても寝覚めが悪い」



僕らは『じゅーくん(魔法の絨毯)』に乗り、



姿を消したまま奴らの後を追った。



地下迷宮〈バシリカ・シスタン〉。



その場所は、不気味な湿気と静寂に包まれていた。



いた。タイド・シェイドだ。



「はっ! 雑魚が!」



デルズが大剣を一閃させ、骸骨騎士を粉砕する。



ソルゲアも余裕の表情で杖を回し、



溢れ出すスライムを焼き払っていった。



「たいしたことねぇな!」



「本当にお宝なんてあるのか」



彼らは華麗な連携を見せ、難なく深部へと進んでいく。



だが、シーマだけは違った。



一人、仮面の奥で慎重に周囲を警戒し、闇の深淵を見つめている。



(腕は確かなんだな……。リアリティを追求するほど、



嫌な奴ほど実力があったりする。世知辛いな)



このまま彼らが攻略するかと思った、



その時。



――ギィィィィィィッ!!!



空気を切り裂くような、悍ましい絶叫が迷宮内に響き渡った。



「な、なんだ!? 今の音は……」



余裕の表情だったソルゲアの顔が引きつる。



前方から押し寄せてきたのは、



今までの雑魚とは比較にならない、黒い波。



「……蟲(むし)?」



壁、天井、そして足元の水面。



視界のすべてを、



無数の脚を蠢かせる巨大な蟲たちが埋め尽くそうとしていた。



暗闇の奥に『光の扉』が出現した。



「クック! あれは……!?」



「急遽、難易度が変動しました。



恐らく彼らは、私たちの『勇者用ステージ』に巻き込まれています」



蟲が視界を埋め尽くし、



悍ましい羽音が鼓膜を侵食する。



生理的な嫌悪感で、



喉の奥からせり上がる吐き気を必死に抑え込んだ。



「……焼き払いたい」



「同感です、タナカ」



戦場は、一瞬にして惨劇の舞台へと変わっていた。



A級冒険者の力をもってしても、まったく歯が立っていない。



斬っても、焼いても、



それ以上に増え続ける蟲の奔流。



焦りから陣形は無惨に崩れ去っていく。



その時だった。



ソルゲアが放った無謀な広域魔法が、



あろうことか味方であるシーマを直撃した。



「あぐっ……!」



爆炎に焼かれ、深く負傷し倒れ込む彼女。



助けるのか、それとも――。



僕の淡い期待は、最悪の形で裏切られた。



二人は治療もせず、



助けを求めるように頭を下げるシーマをあざ笑い、



あろうことか蟲の群れへと蹴り飛ばしたのだ。



「あばよ、シーマ。地獄で俺たちの武勇伝を待ってろ!」



仲間を囮にして、自分たちだけが出口へと逃げ出す。



「……っ!!」



頭が真っ白になるほどの怒りが爆発する。



ドロドロとした黒い感情のまま、



あの下衆どもへ詩を紡ごうとした僕の手を、



クックが静かに、けれど強く握った。



「あのような者に、タナカの手を汚させたくありません」



まっすぐな瞳が、僕の暴走を押しとどめる。



「……クック。ありがとう」



彼女が僕を「人間」のままでいさせてくれる。



怒りを沈め、僕は意識を切り替えた。



シーマの命の灯火が、今にも消えかかっている。



「救うぞ、クック」



「了解です、お兄ちゃん。……最高の一曲を」



僕は蟲を焼き尽くす烈火の詩を。



クックはすべてを包み込む癒やしの歌を。



『癒やしの讃歌――アスクレピオスの救済』



〈アスクレピオス、傷ついた者に眠りを与えたる。



骨を癒やし血を鎮め、嘆きから人を解き放つ者よ〉



『炎の讃歌――プロメテウスの怒り』



〈プロメテウスは夜空から火を盗んだ。小さな炎だった。



だがその火は、神々より先に人を導いた〉



カッ……!!!



シーマの体は淡い光に包まれ、一瞬にして傷が塞がる。



同時に、音もなく発生した「青い炎」が、



周囲の蟲たちを一つ残らず浄化し、消滅させた。



静寂が戻る。



僕は倒れているシーマのもとへ駆け寄った。



「……っ」



そこには、半壊した仮面から溢れ出さんばかりの、



息を呑むような美貌を晒した彼女がいた。



整いすぎた鼻筋に、長く濡れた睫毛。



「シーマ」という仮面の奥に隠されていたのは、



あまりに儚く、美しい素顔だった。



僕は動揺を押し殺し、クックに話しかける。



「シーマは……大丈夫そうだね」



その瞬間。



クックがジロッとこちらを睨んだ……気がした。



「……。」



「……はい。気絶しているだけです」



少しだけ冷たいトーンの返事。



「お兄ちゃん、『顔』ばかり見ていないで」



「い、いや、そんなに見てないよ!」



「データ上、平均的な注視時間を3.4秒上回っています」



相棒の冷徹な指摘に冷や汗をかきつつ、



僕はあえて追求せず、目の前の『光の扉』を開けた。



――ゴォォォォ……



重厚な音を立てて開いた扉の先。



そこには、黄金の台座に突き刺さった一振りの〈聖剣〉



そして、その傍らで淡い光を纏い、



静かに佇む守護者(ガーディアン)――。



伝説に謳われる『湖の乙女』がいた。



湿り気を帯びた清涼な空気が、肌をなでる。



「あれは……エクスカリバー? いや、カリバーンか」



「そのようです。ですが、今の私たちにこの程度の聖剣は必要ありません」



クックの言葉は、相変わらず身も蓋もない。



そうだ。



手にしたところで、どうせ僕らには使えない。



(……けれど、男として「かっこいい」と思ってしまうのは性分か)



名残は惜しい。が。



眼前に鎮座する、選ばれし者のみが手にできる黄金の剣。



名残は惜しい。が。



「そうだな。帰ろうか。この剣は、例の『勇者』に譲ったほうがいい」



こうなると、この世界の〈魔王〉よりテュポンのほうが強いまである。



全世界層における「裏ボス中の裏ボス」を、



最初に倒してしまったのだから。



僕らは眠るシーマを絨毯に乗せ、静かにダンジョンを後にした。



逆走する道中、魔物たちは元のレベルに戻っていた。



仲間を見捨てて逃げた二人の姿は、もうどこにもない。



ダンジョンを出る時、クックが笑顔で告げた。



「お兄ちゃんが、美女に『カッコつけるため』の武器コレクターじゃなくて……」



「歴史オタで、本当に良かったよね!」



(……何で最後だけ妹モードなんだ?)



褒められているのか、嫌味なのか。



いや――。



(多分、怒ってるな……)



シーマの顔を注視していた件を、彼女はまだ根に持っているらしい。



「……うん。そうだね」



僕はそれだけ、答えておいた。



欲望渦巻く帝都の喧騒が、



遠くから聞こえ始めていた。

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